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禍話:傘にまつわる二題

くさった傘

知り合いのA君が、営業の仕事で普段は行かない遠方のエリアに行った時の話。

商談を終え営業先から書類を預かり、帰社しようというところで予報には無かった雨がぱらついてきた。
困ったな、預かった書類は濡らしたくない。初めて来た土地、コンビニで傘を買いたいところだけどこのあたりにコンビニは…と周囲をキョロキョロしていると、少し先のガードレールに傘がひっかけてある。
よくあるビニール傘。普通そんなところに放置されている傘なんて骨は飛び出して折れ曲がっていたりそうそう使える状態じゃないものがほとんどなのに、ぱっと見たところ破損はしておらず、使えそうに見えた。
(誰かがこんなところに忘れたのかな、使えそうなら拝借しようか…)
開いて確認してみようと柄を握った瞬間、感触がグニャーっとして思わずウワッ!と離してしまった。A君いわく、腐ったバナナのようなやわらかさだったという。元に戻すためおそるおそるもう一度触ってみたらいつものビニール傘の柄の感触だったものの、気味が悪いので使わずに結局書類を抱きこんで駅まで走って帰った。

それから半年後、昔の同級生が集まった飲みの席で不思議な体験を話そうという流れになった。その中でも勝手なルールにうるさい女子が「絶対自分が体験したことじゃなきゃダメだからね~」なんて言い出している。
A君は、体験したことと言えば…と、半年前の例の傘の話を思い出した。
「よくわかんねえんだけどさ…」と前置きしてひととおり話してみたが予想通りみんな「へぇ~」「不思議だねぇ」ぐらいしかコメントしようのない話となってしまった。

ところがメンバーのひとり、B君だけはリアクションが違った。彼は警察官で、以前はその傘があったエリアの交番に勤務していたらしく、やたら詳細に「それって○○地区だよな」「○○通りのとこだよな?」と食いついてきた。A君は行き慣れていないエリアだったので土地名を言われてもピンときていなかったが「ガードレールがひとつだけ違う色のところだよな」というヒントですっかりその場所の光景を思い出した。

B君いわく、そこは交通量が多いわりに横断歩道が少ない2車線の道路だった。そこで子どもが飛び出しトラックにはねられて即死する事故が起きた。持っていたバッグも履いていた靴もバラバラに飛んだが、傘だけはたまたま傷ひとつつかない綺麗な状態だったという。それ以来、そこに花などを手向ける人が多い中、傘を立てかける人がいて誰かが片付けても誰かが傘を立てかけるということが続いていた。
そして雨が急に降ってきた時に通りかかった人がその傘を使っちゃうと何か変なことが起こる、と交番で話題になっていたらしい。
「A君、使わなくてよかったなー」
とB君に明るく言われたが、あのぐにゃっとした感触を思い出すと到底笑えなかった。


傘の名前

出張でとある地方に来たA君は、出先で雨に降られてしまった。道中にあったコンビニでビニール傘を買い、歩き始めたところで飲み物などを買っていないことに気づいた。
(さっきのコンビニで買えばよかった…)と思いながら歩いているとすぐ2軒目のコンビニを見つけた。飲み物と、つまむものを買おうと入り口にあったからっぽの傘立てにさっき買ったばかりのビニール傘を立てて入店した。
ひととおり買い物をサッと済ませ、店を出るとさっき立てた傘に何故か名前がかかれている。擦っても消えない、油性で書かれているようだ。
漢字五文字の、男性とおぼしき知らないフルネーム。

どうみても自分がさっき買った傘だったが気味が悪い。でもこれ以外間違うはずもない。A君は少し迷ったが、そのまま使うことにした。

ビジネスホテルに到着したところで、勝手に名前が書かれた傘がどうにも気持ち悪いので1階のロビーにあった傘立てに立てて、上の階にある部屋に入った。

テレビを観ながら寛いでいると、フロントから電話がかかってきた。

「○○○○○さんでしょうか?」
年配の男性の声だった。言われた名前は自分の名前ではない。
「違いますよ」
「そうですか 失礼しました」

間違い電話なんてあるのか?と思ったがそういえば言われた名前はあの傘に書かれた名前だった。
気になってすぐフロントにかけ直した。
「はい、フロントでございます」
出たのは若い女性の従業員だった。

A君はあわててフロントまで確認しに行った。若い女性が立っている。おそらく電話に出てくれた方だ。
年配の男性はどこにもいない。

その夜は、もう掛かってこないように、受話器をあげたまま寝た。



腐った傘
2019/01/21禍ちゃんねる 泥酔スペシャル

傘の名前
2023/06/10禍話アンリミテッド 第二十一夜

※この話はツイキャス「禍話」より、上記2つの話を文章にしたものです。禍話二次創作のガイドラインです。


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