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禍話:走るわたし

普段からお酒が好きで結構な量を飲むAさんは、悪酔いこそしないものの酔っ払うのを楽しめるタイプの酒豪だ。
ところがある時から節度ある飲み方に変わっていた。健康診断でやばい数値が出て生活を改めざるを得なくなったか、いよいよ翌日までアルコールが残り起きられなくなってきたのか。
聞くと、怖いことがあったからだと言う。

一人暮らしのAさんは酔って帰ってくると、玄関先で靴を脱ぐやいなや服も全部脱ぐのがデフォルトだった。一気に解放され気持ちよくパンツ一丁でとりあえず水を飲んだりテレビをつけたりとウロウロする。

ある日の飲み会でも、さんざん飲んで酔っ払ったAさんは、いつものようにご機嫌に帰宅後即パンイチになって、そしてその日はわりとすぐ寝てしまった。

夜中2時~3時ごろ、トイレに起きた。これもいつものことだ。パンイチのままトイレに入っていると、扉の下の隙間からチラチラと影が動いているように見えた。
注目してみるとその影はせわしなくトイレの扉の前を右に左にと移動している。

一気に頭が冴える。
自分以外に誰かいる。
泥棒…?にしては動きがおかしい。そんなにバタバタしないだろう。トイレの扉を少し開けてのぞくと、パンイチの自分が走り回っている。

右に左に、結構な速度でバタバタと、真剣な顔の自分が走っている。

酔ってもそんな幻覚見たことない。最初こそ反射的にプッとふきだしたが、あまりに顔が必死の形相で一心不乱に走り続ける自分を見て怖くなり、目の前にいるのに声がかけられない。

次第にパニック状態でわけがわからなくなっていっぱいいっぱいになって、Aさんはついにワーッと飛び出した。左から走ってきた[自分]に頭突きでタックルする形でぶつかってしまい、そこから意識が無かった。

次に起きた時はトイレから出たすぐのところにある台所の前で戸棚に寄り掛かった状態で座りこんで寝ていた。ただの幻覚、夢だったのかと鏡で顔を見ると、ぶつかったであろう額にアザが赤く浮かび上がっている。幻覚ではなかったのか?

2日ほど経った。
お風呂に入る前に、アザ消えたかな…と鏡をみると額の赤みは薄れていた。あれはやっぱり酔った幻覚だったか、おでこは間違ってどこかにぶつけちゃっただけだったのかな…と思ったのもつかの間、今まで気づいていなかったが右肩になにかぶつかったようなアザを見つけた。こちらのアザにはまったく覚えがない。

ただ、ひとつ思い出したことがある。
あの時頭突きしたのは走り回る[自分]の、肩…だったような。



※この話はツイキャス「禍話」より、「甘味さん譚:走るわたし」という話を文章にしたものです。(2024/01/28禍話インフィニティ 第二十八夜)

禍話二次創作のガイドラインです。


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