”刑事ジョン・ブック／目撃者”で学ぶ「アーミッシュ」
今回のテーマは”刑事ジョン・ブック／目撃者”で学ぶ「アーミッシュ」
“刑事ジョン・ブック”は1985年の映画でハリソン・フォードが主演で、2024年9月現在、Amazonプライムビデオで配信中です。
ハリソンってどこか力の抜けた芝居をするイメージがあるのですが、この作品では熱血刑事を演じています。この作品でハリソンはその年のアカデミー主演男優賞にノミネートされ、その演技力を高く評価されています。ちなみに、作中でハリソンが大工仕事をしているシーンがありますが、実は彼は俳優になる前は10年以上大工をしていました。
さて、本作において重要なキーワードが「アーミッシュ」です。現代のテクノロジーを拒否している人たちでしょ？くらいしか知りませんでしたが、なぜ彼らがそのような生活をしているのか、そして、いつ、そのコミュニティが誕生したのかについて調べてみました。
あらすじ
夫を亡くしたレイチェルと息子サミュエルは、ペンシルベニア州ランカスター郡のアーミッシュの村から親族のいるボルチモアへ行く途中だったが、乗り換えの駅のトイレでサミュエルは2人組による殺人を目撃する。
事件を担当する刑事ジョン・ブックは母子を半ば強引に警察署へ連れて行き面通しを行うが、そこには殺人犯の姿はなかった。面通しには時間がかかるため、ホテルに宿泊させると勝手に帰られる恐れがあり、ジョンは自分の妹の家に母子を宿泊させる。しかし署内に掲示されている新聞の切り抜きをたまたま見たサミュエルが、犯人の一人は麻薬課員のマクフィー刑事であることに気づく。ジョンは、すぐシェイファー本部長に相談するが・・・。
アーミッシュとは？
アーミッシュは質素な暮らし、簡素な服装、キリスト教的平和主義、家族の時間や直接の対話を大事にするという観点から多くの現代技術を拒絶していることで知られています。
アーミッシュはオールド・オーダー・アーミッシュとアーミッシュ・メノナイトに大きく分けられ、アーミッシュ・メノナイトは自動車を使用しますが、オールド・オーダー・アーミッシュは移動手段に馬車を使うなど伝統的な文化を厳格に守っています。一般的にアーミッシュと言うと、通常はオールド・オーダー・アーミッシュを指します。
実は20世紀初頭までは「現代テクノロジーの拒絶」はアーミッシュのアイデンティティとされていませんでした。その時代まではアーミッシュと一般の田舎の生活は、ほとんど同じテクノロジーを使用していたためです。最初に拒否された重要なテクノロジーは電話であり、その後、車、トラクター、ラジオ、そして20世紀の他の多くの技術的発明が拒否されました。
歴史
アーミッシュの歴史は16世紀から始まります。当時、スイスでアナバプテスト派と呼ばれるキリスト教の一派が生まれました。彼らは洗礼(キリスト教への入信の儀式)は個人の自由意思により受けるべきだという主張をしました。それまでは洗礼は赤ん坊の時に行われ、本人の意思とは関係なくキリスト教徒となっていたわけですが、それに異議を唱えたのがアナバプテスト(再洗礼)派というわけです。
アーミッシュという言葉は、 1710 年に反アナバプテストの人々によって侮蔑的な言葉として使われたのが始まりです。やがて、彼らは宗教的迫害を逃れるため、南ドイツへと移住していきました。これがヨーロッパにおけるアーミッシュの誕生です。
18世紀初頭、アーミッシュは宗教的迫害が少ない魅力的な土地としてペンシルベニアに大規模な移住を始めました。1717年から1750年の間に約500人のアーミッシュが北アメリカのペンシルベニア州バークス郡に移住しました。
1850年頃から徐々に北米のアーミッシュコミュニティはアーミッシュ・メノナイトとオールド・オーダー・アーミッシュへと別れていきました。
一方のヨーロッパでは、大規模な分裂は起こりませんでしたが、彼らは19世紀後半から20世紀初頭にかけてメノナイトの主流派に同化していきました。
1937年、ヨーロッパ最後のアーミッシュコミュニティは現在のプファルツ地方ツヴァイブリュッケンの一部であるイクスハイムでメノナイトに加わり、ヨーロッパにおけるアーミッシュのアイデンティティと文化は失われました。
宗教的慣習
アーミッシュの習慣を理解するための 2 つの重要な概念は、Hochmut (自尊心、傲慢さ、横柄さ) を拒否することと、Demut (謙虚さ) とGelassenheit (落ち着き、平静さ、穏やかさ) を高く評価することです。
アーミッシュ教会の会衆になるには、通常16歳から23歳の間に洗礼を受ける必要があり、同じ信仰を持つ者同士でなければ結婚できません。
教会の規則、いわゆるOrdnung は、地区によって多少異なりますが、年に 2 回、教会のすべてのメンバーによって見直されます。Ordnung はすべてのメンバーが遵守する必要があり、電気、電話、自動車の使用の禁止または制限、衣服の規制など、日常生活の多くの面をカバーしています。
また、Ordnung はコミュニティやコミュニティ内の地区ごとに若干異なります。アーミッシュ全体を統治する機関は存在せず、各アーミッシュコミュニティが独自の決定を下しており、あるコミュニティで許容されることが、別のコミュニティでは許容されない場合があります。
アーミッシュ教会のメンバーは非抵抗を実践し、争いを避け、また兵役も拒否します。
作中で観光客がアーミッシュを挑発していましたが、そういった出来事に対しても決して腹を立ててはいけないという規範意識があります。
子供を産み、育て、隣人や親戚と交流することがアーミッシュの家族の最も大きな役割です。アーミッシュは多産は神からの祝福であると信じています。
また、一生懸命働くことは神の意思にふさわしいことと考えられており、一部の技術進歩は、一生懸命働く必要性を減らすため、望ましくないと考えられてきました。
アーミッシュのコミュニティは馬車で移動することで知られていますが、馬車はゆっくりとした生活の象徴だと彼らが考えているからです。しかし、ほとんどのアーミッシュのコミュニティではバスや車などの自動車に乗ることも許可されています。近年、アーミッシュの人々は、馬車に代わって電気自転車を使うことも増えてきました。
衣服
衣服はシンプルなスタイルで、手縫いで作られています。
アーミッシュは質素な服装で知られています。男性は無地のシャツ、つばの広い帽子、スーツを着用し、同じ服装をしています。これも目立つことを禁じ、謙虚であることを示すためです。
アーミッシュの男性は、男らしさと結婚歴の象徴として、あごひげを生やしています。口ひげを生やすことは禁止されています。アーミッシュは平和主義の信念から軍隊に強く反対しており、口ひげは軍隊と関係があるとされているためです。
女性にも服装に関する同様のガイドラインがあり、それはアーミッシュ版の法律であるOrdnungにも示されています。女性はふくらはぎまでの長さの落ち着いた色のドレスを着用し、ボンネットとエプロンを着用しなければなりません。女性が祈祷用の帽子とボンネットを着用するのは、それらが女性の宗教的信念を視覚的に表現し、すべての女性が着用するという伝統を通じて団結を促進するためです。
レイチェルは白いボンネットを着けていました。アーミッシュでは独身女性は黒いボンネット、既婚女性は白いボンネットを着用することになっています。
彼らの衣服はすべて手縫いです。衣服を留める方法は、アーミッシュの人が新派(ニュー・オーダー)か旧派(オールド・オーダー)かによって大きく異なります。旧派はボタンを使いません。ボタンは派手すぎるとみなされるためです。新派はやや進歩的で、衣服を飾るためにボタンの使用を認めています。
本作に登場するアーミッシュもボタンを使用していませんでした。つまり、彼らはアーミッシュの中でも特に古い伝統を重んじるコミュニティであることが分かります。
言語
アーミッシュはペンシルベニア・ダッチ語 (Pennsylvania Dutch) を使用します。これはドイツ語の方言のようなものです。ダッチというとオランダ語かと思われるかもしれませんが、このダッチはドイツ語の”Deutsch”(ドイツ人)が語源と言われています。つまり、ペンシルベニアに移住したドイツ人の言葉という意味です。
また、アーミッシュの人々は非アーミッシュの人々を「English(イギリス人)」と呼ぶのも特徴的です。これはアーミッシュの人々が何世紀にもわたって使ってきた古い言葉で単に”ドイツ語を話さない人”、”部外者”を指すもので差別的な意味合いはありません。
アメリカ南北戦争の直後、連邦政府はペンシルベニアのドイツ語学校を英語のみの学校に置き換えました。学校、教会や新聞に至るまで文字としてのドイツ語は姿を消しました。ドイツ語教育の衰退に伴い、ペンシルベニアではドイツ語はほとんど死語となりました。
20世紀に入り、第一次世界大戦でドイツと米国が戦争状態になった時、米国ではさらにドイツ語が抑圧され、最終的にはペンシルベニアのドイツ語話者のほとんどが言語を変え、 20世紀末までにアーミッシュがほぼ唯一のドイツ語話者となりました。これにより、アーミッシュの周りにはそれまで存在しなかった言語の壁ができました。
ある学者は以下のように語ります。「今日、ほぼすべてのアーミッシュはペンシルベニア・ダッチ語と英語のバイリンガルであるが、使用領域は明確に分離されている。夕食のテーブルや教会での説教など、ほとんどの集団内での場面ではペンシルベニア・ダッチ語が優勢である。対照的に、英語はほとんどの読み書きに使用されている。学校の授業や、商取引、非アーミッシュとのやり取りでは英語が使用されている。最後に、アーミッシュは教会の礼拝で標準ドイツ語で祈りを読み、歌う。3つの異なる言語を特徴的に使用することは、アーミッシュのアイデンティティを強力に伝える役割を果たしている」。
ペンシルバニア・ダッチ語は、その歴史を通じて主に話し言葉として使われてきた言語であり、読み書きについては注意が向けられてきませんでした。ペンシルバニア・ダッチ語の綴りの標準が無いため、書くことは困難な作業になります。
現在、ペンシルバニア・ダッチ語の文語化を目指す人々が、多数の正書法 (綴り)を検討しています。1 つはアメリカ英語の正書法の規則に従うもの、もう 1 つは標準ドイツ語の正書法の規則に従うものです。
アーミッシュの人口
テクノロジーの進歩や街の都市化によって、現代のアーミッシュは徐々に数を減らしているのかと思ったら、そんなことはありません。実は、毎年人口は増えています。
アーミッシュは通常18歳未満では洗礼を受けず、子供は地元の会衆の数に含まれないため、正確な人口を推定することは困難です。さまざまな研究による大まかな推定では、1992年から2008年まで、北米のアーミッシュの人口増加率は84％（年間3.6％）でした。これは驚くべき数字です。
この間、彼らは184の新しい集落を設立し、6つの新しい州に移住しました。アーミッシュは世界で最も急速に人口が増加している民族の一つであり、1970年代には1家族あたり平均7人の子供がおり、2010年代には合計特殊出生率は5.3でした。
アーミッシュコミュニティの急速な人口増加により、米国では毎年新たな入植地が設立されており、2016年には18ヶ所、2017年には24ヶ所、2018年には18ヶ所、2019年には27ヶ所、2020年には26ヶ所、2021年には19ヶ所、2022年には15ヶ所、2023年6月までに10ヶ所が設立される予定です。
アーミッシュの人口遷移
健康
アーミッシュは遺伝的に閉鎖的なコミュニティの集合体です。ほぼすべてのアーミッシュは18世紀の創始者数百人の子孫であるため、一部の遺伝性疾患が多く見られます。これらの疾患はアーミッシュの子供の死亡率を高めるほど深刻という話もあります。 アーミッシュは異族婚の利点を認識していますが、宗教上の理由から、コミュニティ内でのみ結婚します。アーミッシュの大多数は、これらを『神の意志』として受け入れており、結婚前の予防的遺伝子検査や、遺伝性疾患を発見するための胎児の遺伝子検査を拒否してます。疾患を持って生まれた子どもはコミュニティに受け入れられ、能力の範囲内で雑用を任されることになります。
アーミッシュは遺伝性疾患のリスクが高いが、質素な生活を送ることが健康増進につながっています。アーミッシュの全体的な癌罹患率は低く、タバコ関連の癌はオハイオ州の成人の37％、タバコに関連しない癌は72％です。アーミッシュの多くは日光にさらされる屋外作業で生計を立てているにもかかわらず、皮膚癌の罹患率は低いです。これは彼らが皮膚を保護するつばの広い帽子と長袖で体を覆っているためです。
アーミッシュのうつ病率は1% 未満であり、一般社会の 5 分の 1 から 10 分の 1程度という調査結果があります。アーミッシュの自殺率は非アーミッシュと比較して約半分と言われていますが、この話が全て事実と言えるかは疑問が残ります。
1990年代半ばから、アメリカのいくつかの病院が、アーミッシュを支援するための特別なプログラムを立ち上げました。アーミッシュのコミュニティの中には、教会がメンバーからお金を集めて、他のメンバーの医療費を援助しているところもあります。アーミッシュは、あらゆる最新技術を拒否していると思われがちですが、実際はそうではなく、アーミッシュのコミュニティでは、病院での出産やその他の高度な治療を含め、現代医学を利用しています。
アーミッシュは、通常、民間の商業健康保険に加入しておらず、緊急でない治療や手術は、費用を抑えるためにメキシコまで出向くことがあります。
教育
1950年頃までは、ほぼすべてのアーミッシュの子供たちは、小規模で田舎の非アーミッシュの学校に通っていましたが、8年以上の義務教育に対してアーミッシュは反発しました。アーミッシュは通常、子供を8年生より上の教育は行いません。その時点までの基礎知識があれば、アーミッシュの生活に備えるのに十分だと考えているためで、高校や大学に進学するアーミッシュはほとんどいません。多くのコミュニティでは、アーミッシュが独自の学校を運営しており、教師はアーミッシュコミュニティ出身の若い未婚の女性がなります。
犬の飼育
多くのアーミッシュのコミュニティは、犬の繁殖を重要な収入源としています。米国農務省の認可業者リストによると、オハイオ州のブリーダーの98％以上はアーミッシュによって運営されており、インディアナ州では97％、ペンシルベニア州では63％と高い割合となっています。
しかし、アーミッシュによる犬のケアと扱いの基準が低いという報告もあります。あるブリーダーは連邦動物福祉法の多数の違反により、営業禁止命令が出されました。禁止命令が出された時点で、そのブリーダーは1000匹以上の超多頭飼育をしていました。
まとめ
いかがだったでしょうか？
アーミッシュは信仰と生活様式が一体となったコミュニティの住人たちで、その生活をやめることは信仰を捨てることと同義であると言ってよいでしょう。
だからこそ物語の結末があのような形になったわけです。
約40年ほど前の作品ですが、アーミッシュの人々は当時とあまり変わらない生活を続けており、さらに彼らのコミュニティは拡大を続けています。もしかしたら、今後、アーミッシュを題材とした作品も増えていくかもしれませんね。
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