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寮舎

 その学校には古い寮舎があった。学生はみなその寮に住んでいる。
 とても古い建物で、学園そのものよりも古い。木造の三階建てであり、学舎の後ろに長く伸びて、端は裏山にぶつかっている。ぶつかっているというより減り込んでいる。
 建物は裏山の中に続いている。山の中に入っている部分はずっと立入禁止になっているので、どこまで続いているのか、今は知るものはいない。
 百年ほど前に山が崩れ、寮舎の一部が埋まった。頑丈な建物はそれでも潰れることはなかったが、埋まった部分もずいぶんあって、掘り起こすことはあきらめたらしい。今地上に残っている部分も二百メートル以上はあるから、もともとはどれだけの長さであったのか。
 実は埋まっているのは、山の中だけではなく、足元の地面にも寮舎は続いている。地下二階までは降りることはできる。階段はそれより下にも続いているが、これもずいぶん前から立入禁止になっている。
 埋まっている部分を含めて、寮舎が全体で何階層に及ぶのか、知る者はいない。
 寮舎はもともとは、この土地で最初に建てられてた建築物で、何のためにあったのかは判然としない。記録では五百年前にはこの場所に何かが建てられていたとある。それと寮舎が同じものなのかは判っていない。
 その記録の中には、『不二檜』を柱に用いたとある。不二檜がなんなのかは判らないが、寮舎の柱は確かに檜でできている。太く丈夫である。歴代の学生やその他の住人によって、傷や落書きが付けられているが、今だに艶めいて堅牢そのものである。地上の三階層を貫く柱は、少なくとも地下二階より下方にもずっと続いている。これもどれだけの長さであるのか判らない。
 また、この柱は今だに成長を続けているという噂である。将来的には伸びた柱に合わせて、屋根を葺き直し、四階建てになるという話である。あるいは今の一階は何かの理由で埋まってしまうのかも知れない。
 土の中に一部埋もれているのだから、寮の中はじめじめとしているのではないかと思うが、そうでもない。からりとしていて、夏は涼しく、冬は戸締りをきちんとしていれば、ストーブ一つで乗り切れる。これは、土に埋まっている建物の奥と底の方から、ほとんど感じられないくらいの微風が吹いていて、それが建物の中を快適に保っているのだという。
 だが、土の中で行き詰まっているはずの場所の、いったいどこからそんな風は吹いてくるというのか。
 寮舎の奥も地下も、深く立ち入ることは固く禁止されているが、それでも時折冒険好きな学生が現れて、建屋の奥を探索したがることがある。
 横方向に進んでも下方に進んでも、果てがない。奥まればまったくの暗闇になる。
 ライトを使い歩いでいく。何分も歩いているはずなのに、何処にも行き着かない。
 どんな建物でもまっすぐ数十分も歩いてどこにも行き着かない建物はそうそうない。宮殿ならともかく、ただの学生寮、自分の住んでいる建物なのに。
 歩いても歩いても、延々と廊下は続く。廊下には寮生の住まうはずの部屋のドアがならんでいる。ドアは閉ざされ、当然人がいるはずもない。
 しかし、懐中電灯の光の外でドアが開くことがあるのではないか? そもそも、この廊下は、階段は、いったいいつまで続くのだ。
 大抵の者は時計が一時間を超える前に恐怖して戻ってくる。そして自分の腕時計の時間と、寮の時間が大きくずれていることに気付く。寮の時計は何分も過ぎていないのだ。
 冒険者の中からは、何年かに一度は行方不明者も出るという。ただ、その行方不明者のことを、しばらくすると皆忘れてしまうので、大きな騒ぎになることはないのだという。
 奥に底に、暗い寮室に限りはなく、いなくなったものはそこに住まっていて、明るいこちらのことは忘れてしまうのかも知れない。我々が彼らのことを忘れてしまうように。
 そうして、寮生たちは毎年毎年入れ替り、快適な学生生活を送り、楽しい思い出と将来への希望を胸に卒業する。たまの欠員のことは、覚醒間際に見る一瞬の奇妙な夢のように、みな忘れていくのだ。


(記: 2020-12-24)

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