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赤い月

 赤い月がずっとこちらを見ている。
 夜歩くときに月はいつも出ている。
 いつも月の色は赤い。
 赤い色は、日によって濃淡があるが、一様に赤っぽい色合いで、ひどいときにはどす黒いまでの暗い赤だ。まるで瘡蓋の色のようだ。
 他の人にはどんな色に見えているのか、私には判らない。だが、私にとって月は赤いものだ。テレビや本で見る月は白くて清浄な風ではあるが、私の目に見える姿は違う。毒々しく夜空に開いた傷口のように見える。満ち欠けの様子も縁がぎざついていて、鋏で雑に切ったときの切り口のようである。
 ある日、その赤い月の表面に目を見付けた。
 赤い月の表面に目が開いていて、その瞳が私を見つめていた。血だまりに落ちた眼球のようだった。私を見ていた。私をあざけるように見えた。まぶたもついていて、何度がまばたきをした。私はうつむき、顔を下げて歩いた。
 月が私を見ている。ずっと見ている。その夜以来、私は努めて月を見ないようにしている。
 しかし、目に入ってしまうこともある。月はずっと赤い。そして目が付いたままだ。
 一度、はっきりと月の眼と目が合ったことがある。月は顔と同じ高さに昇り、私は動けず。月は赤い血に塗れた目で私を見据え、そして嗤った。


(記: 2021-12-15)

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