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旦那様の一番

 旦那様の一番を整えるのが私の仕事である。
 私はこの家でメイドのようなことをやっている。
 旦那様は多忙な方で、朝早く出ていかれ、しばしば日を超えてから帰ってこられる。週末であろうと休まれることはほとんどない。
 他に家族をいらっしゃらないし、家にはまさしく寝るためにだけ帰ってくるのである。食事も簡単な朝食をとられる程度、昼と夜は外でとられることがほとんどである。私の職域にはお食事の用意というのも含まれているのであるが、その腕をふるうことはほとんどないのだ。
 旦那様はきれい好きな方なので、家の掃除は時間をかけて行う。旦那様のお部屋はもちろん、水廻りや、普段足を運ばれない部屋も毎日掃除して空気を通す。
 豊かではあるが、それでいて目立つ贇沢をするわけでもない旦那様であるが、御召物とリネン類にはこだわりはお持ちのようである。それらの手入れも私の重要な仕事である。
 特にリネンはフランス製のベッドシーツを毎日洗い、ぴったりとアイロンをかけたものを使用する。クリーニングに出してもいいのであるが、私は毎日自分の手でアイロンがけをする。
 洗濯をして乾かして、それからアイロンをかけるまでに最適の時間というのがあるのだ。それは季節と天候によって日々異なるが、そのタイミングを逃すとシーツの状態は最上のものにはならない。私はそれを心得ているので、外の者にまかせる気にならないのだ。
 一番の状態で整えたベッドも、旦那様が使われるのは数時間のことである。しかし、その数時間の睡眠が彼の日々のパフォーマンスに直結することを私は知っている。
 毎朝、旦那様が目を醒まし、朝食をとられるときに、私と目を合わし、少しうなずかれる。
 それは今日の眠りも満足なものであったという合図であり、旦那様の一番を整える私へのねぎらいなのである。


(記: 2021-10-13)

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