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キスリング

 キスリングの絵を買う。画商に探してもらったキスリングの小品だ。
 思わぬ大金を手に入れたものの、それは資産となるような何かをするためには、まるで大した額ではない。
 それでも老後の資金として取っておくよりは、緩慢な死のための金としてしまうよりは、欲しい画家の絵にしてしまいたかったのだ。手持ちの資金で、手がとどくのはこれくらいしかなかった。
 瞳の大きな美しい女性、まるで何も見てないような、世界を見ることをあるときから自分でやめたような。風景の一部として、風景の中に溶けてしまいそうになってそこにいる。
 のっぺりとして平坦なテクスチャは、あまりにもディティールに満ち過ぎた、くどくてわずらわしい現実の不快さを忘れさせてくれる。
 世界はこのように柔らかに彩られ、形つけられて、しかるべき額縁に収められるべきなのだ。
 私は視力は低いのだが、普段は眼鏡をかけたりはしない。その方が世界が正しく見れるからだ。


(記: 2021-10-29)

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