見出し画像

町のお役目の仮面

 この町のお役目に着くものは、みな仮面を被っている。
 彼らは相貌を隠し、個人ではなくその役目のペルソナとなって、それぞれの責務を果たす。仮面は代々そのお役目を受け持つ家系に受け継がれるものである。お役目の権威は仮面にある。町の人間は仮面に従うのだ。町の人間は仮面にこそ力があり、むしろその力をお役目の人間が代行しているに過ぎないと思っている。
 誰がお役目なのかはその本人以外は知らないことである。仮面が顔を隠すことはもちろんだが、人々は仮面の方をはっきり見ないからだ。仮面の意匠はそれぞれに凝ったものであるが、直視されることはほとんどない。それはタブーであるからだ。
 お役目は下水道網の管理者、ゴミ焼却施設の管理者であり、焼き場と墓地の管理者であり、議会の書記であり、刑吏であり、犬殺し、馬殺しであった。町の土台骨の暗い部分はお役目達が担っている。
 刑吏の仮面は星座の意匠が施され、犬殺しの仮面には一つの天に三つの太陽がある様が、書記の仮面には蟻塚が描かれているらしい。
 だが、お役目の仮面を直視することは忌避され、噂によればお役目を果たす本人ですら、仮面を丹念に検分するようなことは避けるべきことらしい。
 仮面が壊れた場合、仮面を修理する者がいる。それもまたお役目の一つである。それぞれの仮面の意匠をよく知るものは、このお役目以外にはいない。
 だが、彼の仕事は仮面の力に直接曝らされる危険なものである。それを防ぐためにも仮面の力がいる。仮面直しのお役目の仮面の意匠は歪んだ鏡である。一つの仮面に相対すると鏡の歪みが一つ増える。
 この仮面を直視することはできない。歪んだ自分の鏡像を間近に見れば吐き気を催す。長く見続ければ引き歪んだ自像の群れの中に、全くの怪物であるが確かに自分である像を見出し発狂するという。


(記: 2021-02-04)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?