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珪化木の森

 旅の途中で、珪化木の森に迷い込んだ。
 石化したままの木立が延々と連なり、オーカー色の幹はごつごつとして崖のようだ。
 葉の落ちた裸の枝はしなやかさがなく、途中で折り取れて、空に向かって無念そうに手を伸ばしているようにも見える。ところどころに葉が残っているが、緑や紅葉の鮮かさはなく、剥れた皮膚のように白い。
 地面に落ちている葉を見ると、葉脈だけが石となって残り、網のようになっている。手に取り軽く摘もうとすると、パキンと折れて、砕けた部分は粉になった。灰色のドングリも落ちていて、蹴り飛ばすとカランと渇いた音を立てて飛んでいった。地面には折れた枝が重なりあっている。これも石だ。茶色やオレンジ色が混じり、木の枝の形なのに岩であり、トーチカのような風情がある。
 もし、この枝の堆積の中に踏み込めば、砕け、埃が舞い、礫になって身体に刺さり、怪我をするだろう。そもそも、石化した大枝が上から落ちてきたらどうすればいいのか。しなやかさのない石の枝が当たったらどうなるのか。砕けた切片が身体を傷付ければどうなるのか。切り傷や打撲、このカラカラに渇いた小枝が身体に入れば、破傷風になるのではないか。
 固い小さな礫であろう塵が、目に入りそうになる。危険だ。少しでも早く珪化木の森を抜けなければならない。
 こんな場所でも人の行き来はあるらしく、踏み分け道よりもしっかりした道がついている。珪化の枝振りを透かして空は青く、オレンジとオーカーの混じった木肌とのコントラストが美しい。
 先を急いでいたが、途中でオパールとなった大樹を見つけ、そのあまりの異界めいた美に足が止まった。滑らかな木肌は薄く透明な青になっていて、端に虹色がつながり、陽光を反射して赤い輝線がゆらゆらとゆれる。日陰にある部分はぼんやりと光っているようにも見える。蛍光性のハイアライトになっているのだろうか。このオパールは元は柳だったのだろうか。道に覆い被さり、しなやかな曲線を描いて垂れ下がっている。枝の先は鋭く尖っている。美しいが、触れるのも危険なもののように思えた。
 しかし、それでも、しばし我を忘れ、その木に見惚れるしかなかった。
 もう少しで森を抜けようとしたときに、遠くから強い風の吹く音がした。私の入ってきた森の端に風は届いたようだ。コーンともチーンとも聞こえる響きがした。やがて、珪化木の森は震え始め、軋む音、鈴の音、虹色の光を空に放ちながら、鳴動した。小枝が上から溢れ落ち、大きな枝が揺すれた。こんな固い石がこうもしなやかに動くものなのか。頭の上で左右に振れる枝を見ていたが、動きながらも、キラキラと破片を撒き散らしている。あの枝は折れるかも知れない。急いで森を抜けないと。
 森は風に押されて震え、光る切片をふりまき、パキパキと内部構造の砕ける音をさせている。時折チーンという高い音がそれに混じる。服も帽子も鞄も、辺りに充満している砂埃でまっ白だ。埃が目や口に入らないように、スカーフを被って走り出した。
 森を抜けるまで、あと数メートルというところで、ひゅんと耳元で音がして、後ろから石の枝が槍のように飛んできて、森の出口の地面に刺さった。
 その枝は磨かれたように艶のある、虹を浮かべた黒いガラスのようで、先端や折れた部分の鋭利さはそのまま刃物だった。これは森が私に出ていけと言っているのか、その逆か。
 黒いガラスの枝を通り越して、後ろを振り向くと、珪化木の森は身じろぎをやめて、白い石粉をゆっくりと吐き出していた。私は自分に積った埃を払い、また歩き始めた。帰りには別の道を通ることにしようと思う。


(記: 2020-12-23)

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