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太陽の冬

 その家の当主には代々「太陽の冬」と呼ばれている宝石が伝えられている。
 小指の爪にも満たない大きさで、無色透明でファセットカットされている。アクセサリーとして外から見える場所に身に着けることはない。剥き出しのルースのまま小さな箱に入れてポケットに忍ばせておく。
 それを他の人に見せることはない。当主自身もその石を見ることは滅多にしない。
 この石は不幸や悪を吸い込むのだと伝えられている。魔除けやお守りではなく、実際に吸い込むのだという。吸い込んだ悪や不幸は、石の中に閉じ込められる。石の中は透明な迷路のようになっていて吸い込まれたものは出口を探し永遠に迷うのだという。
 この石の加護により、この家は代々続き、それなりに栄えてきた。
 それなりに、というのは、一家の繁栄のために努め、その結果としてあまりにも悪どいことをすれば、当主自身も悪だと見做され、石に吸い込まれてしまうからである。これまでにも何人かの当主がいきなり消えることがあったという。石に吸い込まれたのであろう。
 石を持ては確かに大きな不幸はない。一族郎党が皆それなりに幸福で幸運である。突発的な事故や事件に巻き込まれることもない。安定した人生を送っている。当主は石と常に一緒にいる。
 日に何度かは、耳元を何かがかすめて、ヒューという音がする。これが石に吸い込まれる不幸や悪なのだという。石の中には不幸と悪が封じ込められている。石を収めた箱はどんなに丈夫に作ってあっても、数年で壊れて朽ちてしまう。石から何かの気配が漏れて、それが箱を壊すのだという。ルースのままにしておくのも同じ理由で、指輪やペンダントなど作って、石を嵌めても同じように朽ちるからだ。
 この石の来歴は謎である。いつからかこの家にあった。以前石を鑑定してもらったところ、フェナカイトだとされた。
 「太陽の冬」は何代か前からそう呼ばれるようになった。それ以前に何と呼ばれていたかは伝わっていない。


(記: 2021-01-27)

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