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プリンセス・クルセイド 第3部「ロイヤル・プリンセス」#2 【叡智の姫君】 4

「やはりインカローズも来ていましたか……ということは、フローラも?」

「当然だ。お前にとっちゃ不運かもな」

 ソファの隣に座るイキシアの問いかけに挑発的に答えると、ルチルは手に持ったマグカップの中のコーヒーを一気に飲み干し、カップを勢い良くコースターの上に置いた。

「お代わり持ってこい!」

「……ルチル王女……なんでそんなに堂々と居座ってるんですか」

 ポットを持って立つアンバーが、ルチルの態度に口を尖らせた。

「イキシアとの闘いは終わったんですよね? お城に帰られたほうがいいんじゃないですか?」

「そう堅いことを言うな。久しぶりに旧友と会ったんだ。余興を見ながらお茶を嗜んでも罰は当たるまい」

 ルチルはそう答えながら、机の上に置かれた水晶を指差した。そこにはチャーミング・フィールドで剣を交えるイキシアとインカローズの姿が映し出されている。

「ルチル、そうだとしても頼み方というものがあるのではなくて?」

 水晶の映像を注視しながら、イキシアが嗜めるように呟いた。

「ああ、それは申し訳なかった。つい、城にいるような気分になってしまってな……アンバー、もしよろしければお代わりをもらえないか?」

 ルチルは態度を改め、アンバーに恭しく問いかけた。

「……いや、急にそんな態度を取られても、逆に気持ち悪いというか……」

「アンバー様、私が代わりますよ」

 アンバーが尚も給仕を渋っていると、テーブルを挟んでルチルの向かい側に座っていたキララがポットを受け取った。

「はい、ルチル様」

「済まないな……あー……」

「キララです」

 言葉に詰まったルチルに、キララの隣りに座っていたジャスティンが助け舟を出した。

「ああ、そうだった。ありがとう、キララ」

 改めてお礼を言うと、ルチルは注がれたコーヒーを一口飲み、イキシア同様に水晶へと顔を近づけた。

「しかし、この動物女がインカローズに勝てるかね。あのガリ勉はへなちょこだが、こと魔術となれば話は別だ」

「魔術なら、余計にタンザナのほうが上ですわ。例えインカローズと言えどね」

 ルチルのほうを見向きもせずに、イキシアが断言した。

「そこまで言い切るか。随分とこいつを高く買ってるんだな。まあ、そうだとしてもインカローズだろう。不利があろうがなかろうが、あいつには関係ない。なにせ人呼んで……」

「「「叡智の姫君」」」

 水晶を眺めながら、ルチル、イキシア、ジャスティンの三者が声を揃えて言った。アンバーは反応に困ったが、キララがコーヒーを注ぎ足してくれたことに気づくと、それを飲むことで落ち着けた。

――――

「コウモリさん!」

 横薙ぎに一閃されたタンザナの聖剣から無数のコウモリが飛び出し、一斉にインカローズへと襲いかかった。

「何度やろうと、同じこと!」

 インカローズは剣を一振りし、突風を発生させた。風は本棚の本とコウモリとを包み込み、回転しながらその場に留まった。インカローズはさらに踏み込んで追撃を繰り出そうとしたが、視線の先にタンザナの姿はなかった。

(……上か!)

 インカローズが瞬時に上空を仰ぎ見ると、間隙を縫って高く飛び上がったタンザナが急襲を試みていた。

「甘い!」

 インカローズは剣を振って先程発生させた風の流れを変えた。すると、コウモリの群れと大量の本が流されていき、タンザナとインカローズとの間に壁のようにして立ち塞がった。

「ハア―ッ!」

 だがタンザナの攻撃は止まらず、そのままの勢いで降下してきた。

「ちっ!」

 インカローズはこの動きを瞬時に読み取り、バックステップで急襲を躱した。直後、コウモリを光に変え、本をズタズタに引き裂きながら、タンザナが斬撃とともに着地した。これで再びの隙が生じた格好だ。インカローズは今度こそ追撃に転じようと足を踏んばった。

「セイッ!」

 だがタンザナは間髪入れずに剣を振るうと、斬撃波を繰り出した。闇雲に放たれた一撃だが、運良くインカローズを捉えていた。

「くっ!」

 インカローズは一瞬剣での防御を試みかけたが、思い直して代わりに剣を上空へと投げ、腕を顔の前でクロスさせる格好で斬撃波を受け止めた。

「ぐうっ!」

 致命傷は免れたものの、インカローズの両腕に重い一撃が当たった。だが攻撃はこれだけでは収まらない。すでに距離を詰めていたタンザナの一撃が、同じ部位へと無慈悲に襲いかかる。

「があーーっ!」

 インカローズは痛みに悲鳴を上げた。咄嗟の回避行動が功を奏し、直撃こそ免れたものの、右腕の二の腕から先が黒ずみ、感覚が失われた。だが、チャーミング・フィールドでの闘いでは身体能力の差はさほど問題ではない。腕の一本で済むなら安いものだ。

「はあっ!」

 インカローズは左手を上空の剣に翳し、聖剣から再び風を生み出させた。その風に乗ってインカローズ自身も上空に舞い上がり、身を捻りながら振り下ろされたタンザナの剣を躱した。

「何っ!?」

 斬撃が空を切ったことを知り、タンザナは目を見開いた。しかし上空に舞い上がったインカローズの姿を確認すると、バックフリップを繰り出してその場から飛び離れ、牽制で放たれた斬撃波を躱した。

「はーっ!」

「セイッ!」

 インカローズの二撃目の斬撃波が、体勢を整えたタンザナの斬撃波と相殺された。両者ともに追撃の構えをとったが、互いの構えを見て攻撃を取りやめた。インカローズに地に足をつけたタンザナに突っ込んでいくほどの無謀さはなかった。

「なるほど……」

 方やタンザナは、インカローズへと斬りかかることが物理的に不可能であった。彼女の予測では、インカローズの降下のタイミングで追撃を行えるはずだった。しかし、その予想は完全に外れていた。インカローズの体は、風を纏いながら宙に浮かんだままだったのだ。

「……やっぱり向こうのほうが卑怯なのでは?」

 タンザナの口から不満が漏れた。せめてそうでもしなければ、目の前の現実を受け入れられそうもなかった。
 どうやら人は、頑張ればなんとか空を飛べるらしい。

続く

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