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プリンセス・クルセイド #8 【決着の刻】 8

 荒野を斬り裂くように飛んできた斬撃波を躱し、アンバーは後ろ向きに岩場の上に飛び上がった。その直後、第二の斬撃波が彼女の頭上を掠める。

「ははっ! ここなら地の利があると思ったかい?」

 残忍な笑みを湛えたジェダイトが斬撃波を連発しながら間合いを詰めてくる中、アンバーは後ずさって攻撃を避けつつ、必死に突破口を探した。

(なんとかしないと……このままじゃ近づけない……)

「あらよっと!」

 やがてジェダイトが驚異的なジャンプ力を発揮し、岩場の上へと飛び上がってきた。アンバーは瞬時にバックステップを踏んで間合いを取りながら、同時に剣へと魔力を込めて光らせ、着地際に斬撃波を放とうとした。

「……」

 しかし、こちらを睨むジェダイトの視線を感じた瞬間、アンバーは咄嗟に攻撃を取りやめた。そして再度のバックステップに切り替え、ジェダイトとさらに間合いを取る。

「どうした、おチビちゃん? 怖くて斬撃波が撃てないかい?」

「……」

 着地直後、すかさず挑発してくるジェダイトには耳を貸さず、アンバーは剣を構え直した。こちらに飛びかかってきた瞬間、反撃で仕留める構えだ。

「なんだい、つれないねえ……嫌われちゃったかな?」

「いつ好かれてると思ったの?」

 挑発を返しながらも、アンバーの心には焦りが生まれていた。ジェダイトは故意に間合いを詰めまいとしている。こちらのバイタルを利用するべく、斬撃波を誘っているのだ。思えばここまで、生かさず殺さず追い込んできながらも、わざと攻撃の手を休めていると思える場面が何度かあった。その反面、こちらの接近戦の誘いには決して乗ってこない。あくまで迎え撃つ算段でいるらしい。

「へえ……言うじゃないかっ!」

 向かい合う間を嫌ったのか、ジェダイトが牽制するように斬撃波を発射した。アンバーはこれを半身になって避けると、反撃の代わりにまたバックステップを踏み、ジェダイトとの間合いを広げた。

「またそうやってちょこまかと……攻める勇気がないのかい!?」

(確かに……)

 ジェダイトの非難を、アンバーは妙にあっさりと受け止めてしまった。そして次の瞬間、あることに気がついた。ジェダイトもまた、こちらに積極的な攻撃はしかけていない。

(勇気がないのは……お互い様じゃない!)

 そう言い返してやりたい気持ちをぐっとこらえ、アンバーはさらに思考を巡らせたーーなぜ、彼女は斬りかかってこないのか。

(斬撃波だ……)

 答えは火を見るより明らかだった。ジェダイトはこちらの斬撃波を誘う一方で、それを食らうことを恐れているのだ。二律背反にも似たこの条件の中、ジェダイトは上手く立ち回り、巧みにこちらを誘惑してきていた。だが逆に言えば、彼女は自分からこの条件に囚われているとも言える。その隙を突き、確実に斬撃波を叩き込む。これが彼女を撃破する突破口となるだろう。アンバーはそう考えると、剣を持つ手に力を込めた。

(やるなら必ず勝ちなさい! 心の剣と共に!)

 頭の中で、チャーミング・フィールド突入前に聞いた、イキシアの激励が響く。

「……いいさ、それほどまでに逃げ腰なら、こっちにも考えがある」

 睨みあう中、先に仕掛けたのはジェダイトだった。彼女は妖艶に微笑むと、剣の刃を指で挟み、攻撃の構えに入った。聖剣の能力を発動する構えだ。このあとは、上空に光を放ち、絶え間ない雪を降らせてくる。それが分かった瞬間、アンバーの体に強い衝動が走った。

(これだ……)

「さあ、震えて泣きな!」

 ジェダイトが剣を指の間から引き抜くと、刃から天を穿つように光が飛び出し、上空へと伸びていった。

「ハイヤーッ」

 その光を追うようにして、アンバーは斬撃波を放った。太い光の束が舞い上がり、上空に広がり始めた雲に呑まれていく。

「ははっ! アタシの魔術を逆に利用しようってのかい? あんたには百年早いね!」

 ジェダイトはせせら笑いながら、剣を下ろして吹雪が起こるのを待った。

「ハイヤーッ!」

 それに構わず、アンバーは再び斬撃波を放った。この光も、先ほどより大きくなった雲に呑まれる。

「無駄だよ……アンタの力で、私の魔術が操れるわけがない」

「ハイヤーッ!」

 アンバーは一心不乱に三度目の斬撃波を放った。どす黒く変色した雲に、一陣の光が飛び込んでいく。

「……いい加減にしなよ。それほどあたしを怒らせたいのなら……」

 ジェダイトの声が明らかに苛立ってきた。アンバーは構わず剣を光らせ、四度目の発射態勢に入る。

「お見舞いしてやろうじゃないか!」

「ハイヤー!」

 アンバーは斬撃波を雲に叩き込み、同時にその場から飛び退いた。その直後、ジェダイトが剣を振り上げるのが見えた。すると、分厚い雲から視界を遮る豪雪ーーではなく、雹じみた氷の塊が怒涛の如く降り注いだ。

「ぐっ……これは……」

 戸惑うジェダイトの姿が、氷で遮られて見えなくなった。まずは一手目が決まった。斬撃波によって雲に注ぎ込まれた大量のバイタルは、やはりジェダイトにも制御はできなかったのだ。暴走した魔力が爆発し、今や氷の塊は無差別に両者を襲っている。アンバーは片手で氷を防ぎながら、ジェダイトの姿を探した。すると、落下する氷の塊が別の塊とぶつかるのが見えた。ジェダイトが、なんとかして視界を確保しようとしているのだろう。だがこれで、遠距離戦は諦めたに違いない。いよいよ接近戦を覚悟して突っ込んでくるはずだ。だが、そこまで計算どおりにいったとして、果たして勝つことができるだろうか。

(タンザナさんとメノウさんも……私のために闘ってくれた。私だって、負けられない!)

 不安を捨て去り、アンバーは氷の嵐を睨みつける。ここまできたら、やるしかない。

「ふん……してやったりと思ってるんだろ? だが……」

 徐々に接近してくるジェダイトの声を聞き、アンバーは身構えた。チャンスは一度。急に視界を奪われ、冷静でないジェダイトは、こちらの剣が見えればすぐに斬りかかってくるだろう。そこにすべてを懸ける。

「見つけたよ、おチビちゃん!!」

「……ハイ!」

 氷の中から突き出されたレイピアを、アンバーは刃の側面で受け止めた。その直後、剣を握る手に刃にありったけの魔力を込め、刃全体を光らせる。

「……! やめっ……!」

「ヤーッ!」

 ジェダイトの制止も聞かず、アンバーは剣に込められた魔力を一気に解放した。目も眩むような光が至近距離で爆発し、ジェダイトの剣を呑み込む。

「なっ……お前! 斬撃波を……」

 ジェダイトは目を見開いてアンバーの剣を見た。その手前で、レイピアの剣が粉々に砕けていく。

「バカな……そんなことが!」

 呆然自失のジェダイトの横を、砕け散った刃が掠め、その妖艶な顔に傷を付けた。

「私の……勝ちね」

 アンバーはそれを見て、たおやかに微笑んだ。そして勝利の栄光を噛み締める余裕もないまま、光に包まれていく空間の中にくずおれた。

9へ続く

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