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プリンセス・クルセイド 第2部「ザ・ナイト・オブ・ヴァンパイア」 #2 【ヴァンパイアハンター】 2

 エアリッタ城にも地下牢はある。実際に囚人が拘留されていることは滅多にないのだが、今はある牢に女性が二人入っていた。その牢で、一人の女性が、仰向けになって天井を見ながら、相方に向かって話しかける。

「なぁなぁ、シトリン。今日のご飯は美味しかったなぁ」

「何言ってんだ、ラリア! クソまずかっただろ!」

「えぇ~、私は好きな味だったけどなぁ」

「味なんかどうでもいい! どうせこんなのはあれだ。懐柔策とかいうやつだ!」

「カイジュー……? 何だぁ、それは?」

「ああ、もう!」

 まるで要領を得ようとしないラリアに苛立ち、シトリンは牢の石でできた床を殴った。当然かなり痛かったが、隙を見せないためにも表情は変えずに話を続ける。

「こうやって飯とか寝る場所とかを用意して、真面目に働こうって気にさせるのがやつらの手だ。そうして……あたしらを更正させようって腹さ」

「ん……? ってことはぁ……えへへ、シトリンもご飯が美味しかったってことだねぇ」

 ラリアは痛いところを突いてきていた。その態度がシトリンの怒りにさらに火をつける。

「うるせえんだよ! 大体貴様はここに入れられて以来、ヘラヘラと――前からそうだった気もするが――そうやって笑ってばかりじゃねえか!」

「怒るなよぉ。私は私なりにここで楽しもうとしてるんだからさぁ」

「楽しむ!? ここにはお前の好きな酒だってないんだぞ!」

「ふふふ……そいつはどうかなぁ?」

 ラリアの口調がガラに無く不気味なトーンになった。そしてシトリンが訝るような視線を送る中、彼女はおもむろに立ち上がり、いそいそと牢の隅へと移動した。

「どうだぁ! こいつを……見やがれぇ!」

「……何だ、そりゃ?」

 ラリアがそこから自慢げに取り出したのは、いつだったかの食事に出されたロールパンだった。固くなっているのが見た目にも分かり、明らかに食用には適さない。

「……そんなもんを大事に持ってどうする気だ?」

「何も分かってねぇんだなぁ、シトリンは。そういうの、キョーヨーがないって言うんだぞ」

 ラリアはパンを軽く振りながら、説教じみて話を始めた。鼻につく態度だったが、他にすることもないのでシトリンは黙って聞くことにした。

「いいかぁ、パンっていうのは古くなると酒の匂いがするんだぁ。だからぁ、こうやってぇ……」

 ラリアはパンを鼻に近づけ、思いっきり匂いを嗅いだ。そしてすかさず、牢屋の扉付近に置かれていた水差しから水を飲む。

「こうすればぁ、まるでおさけをのんでるきぶんにぃ――」

「じゃかあしいわ!!」

 シトリンはパンをラリアから分捕ると、怒りに任せてバラバラに砕き、格子の間から廊下に向かって投げ捨てた。

「あぁ! なにやってんだよぉ。わたしのアントワネットがぁ……」

「うるせえ、黙れ! たかだかパンにワケ分かんねえ名前まで付けやがって! てめえは脳みそでイースト菌でも発酵してんのか!」

「うぅ……なんでこんな奴と一緒の部屋にいなきゃならないんだぁ……」

「それはこっちの台詞だ!」

 遂に堪忍袋の緒が切れ、シトリンはラリアに飛びかかった。そして力任せに馬乗りになると、拳を勢いよく振り上げる。

「てめえの酔っぱらった根性を叩き直してやる! だいたいてめえは―――」

「――お前たち、何をしているか!」

 だが殴ろうと思ったその瞬間、シトリンの体は超自然的な光に包まれた。

「なっ――」

 驚く間もないまま、彼女の体は中に浮かび、ラリアの体の上から離れた。そして部屋の隅へと注意深く移され、静かに着地させられる。

「反省が足りないようだな。その体を縛り付けて、身動きできなくしてもよいのだぞ」

「グラジオ・ジュリアン……いつの間に」

 部屋の外に佇み、こちらに向かって威圧的に杖を突き付けてくる宮廷魔術師を見て、シトリンは歯ぎしりした。

「お前たちから目を離すなというのが王子の命だ。私個人としても、愉快な監獄生活を送らせる気は毛頭ない。もっとも、今日はそんな説教をしに来たのではないがな」

「何……?」

 訝るシトリンに構わず、ジュリアンは身を翻して向かいにある牢に向き直った。

「……調子はどうだ、ジェダイト?」

「ああ、良好だよ。退屈だったんで、もう少しアトラクションを楽しみたかったところだが……まあ、段々過激になってきてたからな。止めてもらえて助かった」

 ジェダイトはそう言って妖艶に微笑んだ。その言葉に秘められた皮肉に、シトリンは恥入った。

「ああ、お頭。アタシは、その……」

「いいさ、シトリン。黙って腐ってるよりかは元気なほうがいい」

 ジェダイトは謝罪を遮ると、ジュリアンに向き直った。

「……で? アンタは何の用だい?」

「お前は捕まった時、あの屋敷に居た。そうだな?」

「ああ、そいつが……」

 ジェダイトは答えようとして不自然に言い淀んだ。そして僅かに表情を変えた後、言葉を続ける。

「そいつが一番楽だろうと思ったからな。実際、居心地も良かった。それが何かあるのか? 不法侵入の罰も追加になるとかか?」

「いいや……」

 ジュリアンは冷たい口調で否定した。彼の表情はシトリンからは窺えない。だが、おそらくは侮蔑するような顔をしていたのだろう。ジェダイトが顔をしかめるのが見えた。

「今日はそこまで一緒に来てもらう。現場検証というやつだな」

「へえ、そいつは……」

 思いがけない提案に、ジェダイトはわずかに動揺を見せた。だが、それはすぐに挑発的な表情に変わる――はずだった。少なくとも、シトリンはそう信じていた。

「……どういう風の吹き回しだい……?」

 だが実際にシトリンが見たのは、恐怖に目を見開く盗賊団の頭領の姿だった。それはヘマをしでかして叱られるのを恐れている時のラリア――あるいはシトリン本人の表情と似ていた。そして、そのようなジェダイトの顔を、シトリンはそれまで見たことはなかった。

「……お頭? どうして……?」

続く

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