プリンセス・クルセイド #3 【心の剣】 8

「はあっ!」

 アンバーは掛け声と共に岩場へと飛び乗った。体勢を立て直し、荒くなった呼吸を整えながら、辺りを見回す。

「ここって……私のチャーミング・フィールドだったんだ」

 緊迫感を駆り立ててくる胸の鼓動を抑えながら、アンバーは思案するように呟いた。視界に広がるのは、見渡す限りの岩と砂、そして所々に台座のようにそびえ立つ岩場。アンバーがこの荒野を訪れるのは、これで二度目だ。一度目はジェダイトと対峙した時のことだった。イキシア王女の言葉によると、この空間、チャーミング・フィールドは人によって異なるらしい。実際、彼女と闘った時はこの別のチャーミング・フィールドが舞台だった。現在交戦中の相手はジェダイトでもなければ、イキシア王女でもない。その上で同じ空間に足を踏み入れたということは、必然的にここがアンバー自身のチャーミング・フィールドということになる。

「うわっ!」

 そんなアンバーの思案を妨げるようにして、突如として飛翔物が襲い掛かってきた。アンバーは右に大きく飛びのいて、辛うじて攻撃を躱す。標的を外した飛翔物は、あたかも意志を持つかの如く円を描くようにして旋回し、隣の岩場の上へと飛び立っていく。

「……良い反射神経だね」

 その岩場で待ちかまえていたミーシャが、腕を伸ばして飛翔体の柄を掴んだ。

「でも、逃げ回っていられるのもここまでだよ。私も慣れてきたんだから!」

 そう宣言するミーシャの表情には、燃えるような決意が感じられた。

「慣れたって……どういう意味?」

 対照的に、アンバーは彼女の攻撃に面喰らっていた。面喰らっていたのは攻撃にだけではない。そもそも闘うことになった時から、彼女の発してきた迫力に、今までアンバーは押され通しできている。

「ふんっ!」

 そんなアンバーの戸惑いを斬り伏せるようにして、ミーシャが鋭く腕を振って剣を放った。剣はお互いの立つ岩場の間の溝を越え、不自然なほど直線的にアンバーの元へと飛び来たる。

「くっ……」

 アンバーは咄嗟に身を翻し、襲撃を躱した。剣はまたも大きく旋回し、ブーメランのようにミーシャの手元へと戻ろうとする。

「まだまだっ!」

 しかし、ミーシャの声が響いた時、剣は突如として飛ぶ方向を切り替えた。方位磁石のように刃を振り、今一度アンバーに突進してきたのだ。

「えっ……!」

 アンバーは向かってくる剣に対し、反射的に自らの聖剣で攻撃を防ごうとした。だが、あまりの速さに、構えがおぼつかない。

「……くっ!」

 アンバーは寸前で回避に切り替え、横に飛びのこようとした。だが、これも間に合わない。刃が肉を捉え、左の肩口を切り裂かれてしまう。

「があっ!」

 瞬間的に駆け抜ける痛みに膝を突き、アンバーは左肩を抑えた。切り裂かれた部分は血が吹き出ることはなく、代わりにあたかも壊死したかのごとく黒く染まる。

「痛そう……だ、だけど遠慮はしないよ! 私が勝つんだから!」

 ミーシャの声が、微かに震えて聞こえた。しかし彼女は追撃の手を緩めず、右腕を後ろに引き、剣を投擲する構えに入った。その瞳には、やはり熱いまなざしが宿る。

「やあーっ!」

 ミーシャが気合いと共に再び剣を投げた。剣は空間を斬り裂くようにして飛んできたが、今度はアンバーにも剣を構えるだけの余裕があった。

(……今だ!)

 剣が間合いに入ってくるタイミングを予測し、アンバーは自らの聖剣を縦薙ぎに振るった。

「させない!」

 その瞬間、ミーシャが叫び、飛来してきた剣が空中で制止した。

「なっ……!」

 不測の事態に遭遇したアンバーの剣が、むなしく空を切った。その直後、振り下ろされた刃にめがけて、ミーシャの剣が急降下してくる。

「マズイ!」

 アンバーは咄嗟に足に力を込め、再び右に飛びのいた。しかし着地の瞬間、片方の足が岩場からずり落ちる。

「……しまった!」

 いつの間にか岩の縁まで飛んできてしまったことに、アンバーは気付いていなかった。そのまま無残に足を滑らせ、岩場から落ち、背中を強打する。

「ぐぅ……」

 痛みに喘ぐアンバーが上空を見上げると、ミーシャの剣がこちらを見下ろすようにして浮かんでいるのが見えた。咄嗟に剣を構えようとするも、妙に手元が軽い。

「しまった……!」

 不審に思って視線を下ろすと、手には何も握られていなかった。周囲を見回すと、前方に聖剣が転がっているのが見えた。ここからでは手が届かないばかりか、ミーシャの聖剣の真下にある。

「危ない!」

 アンバーは咄嗟に聖剣へと飛び付いた。真上から降下する剣によって目の前で聖剣が折られるビジョンが独りでに脳裏に浮かんだが、その光景を振り払うようにして腕を伸ばす。

(……あれ?)

 しかし、その手はあっさりと聖剣へと辿り着いた。

「どうして……?」

 アンバーが訝って見上げると、ちょうど剣がミーシャの所へと帰還するのが見えた。

「……何でだろう?」

 アンバーは首を傾げながらも、剣を構えて岩場の上に飛び乗った。目の前では、ミーシャが剣を手にして呟いていた。

「うーん……やっぱり難しいな」

(……)

 アンバーはその隙を突いて攻撃したい衝動に駆られたが、すぐに思い直した。このまま攻撃を行っても、躱されてしまってはそれまでだ。そればかりか、逆にこちらの攻撃の隙を突かれてしまう可能性がある。それよりも、確実に倒せる策を練る方が先決だ。

(まずは……あの攻撃をどうにかしないと)

 アンバーはミーシャの剣を見つめた。空中を自在に舞うあの剣は、どうやらミーシャの指示に従って飛んでいるらしい。おそらく、これが彼女の聖剣の能力なのだろう。

(……あれ? でも確か……)

 アンバーはふと、あることに気が付いた。先程岩場から落ちた時、剣はそれ以上の追撃をせず、一度ミーシャの元へと戻った。おかげでアンバーは安全に岩場の上へと復帰できわけだが、それまでの畳みかけるような攻勢を考えると、少々不自然な現象だった。

(……もしかしたら!)

 アンバーの脳裏を閃きがよぎった。

「さあ、今度は逃がさないよ!」

 同時にミーシャも思案を止め、もう一度聖剣を投げつけた。迎え撃つアンバーは、剣の接近に合わせ、大きく踏み込んで自らの剣を振るう。

「させないよ!」

 空中の剣が、やはり直撃の直前に急速に方向転換し、大きく飛び上がった。そして上空で制止し、刃を方向転換させる。

「行けっ!」

 ミーシャの指示に従い、剣が突撃してきた。アンバーはそれを見てもう一度足に力を込めると、今度は故意に岩場の縁を目指して大きく横に飛び退いた。僅かに距離が足りなかったが、構わずにそのまま飛び込み前転のように腕を伸ばし、転げるようにして岩場から下りる。足から着地後、バックステップを踏んでから見上げると、剣はこちらを見据えるようにして浮かんでいたが、向かってくる気配は無い。

「……やっぱりね。ミーシャから見えてないから、攻撃できないんだ」

 アンバーは思わず頬を緩めた。その瞬間、剣が急突進してくる。

「うわっ!」

 咄嗟にしゃがみ込み、アンバーは突進を躱した。こちらが見えているわけではなく、闇雲に攻撃しただけのようだが、奇しくも狙いは正確だった。

「……冗談じゃない」

 アンバーは冷や汗がこめかみの辺りに流れるのを感じながら、ぽつりと呟いた。

9へ続く


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