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プリンセス・クルセイド 第3部「ロイヤル・プリンセス」#2 【叡智の姫君】6

 眼下で変貌したタンザナの姿を目の当たりにしたインカローズは、突然身震いを覚え、反射的に剣を構えた。魔術がいかに感情的なアーツであり、このチャーミング・フィールドが人の精神的な面を映し出す場であろうとも、彼女の心はこの瞬間まで氷のように沈着冷静に研ぎ澄まされていた。

 それなのにーーいや、だからこそ、彼女は己の中に沸き立つ原初的な恐怖に囚われかかっていた。ヴァンパイアなどとーー人の子の血を吸って生きる化け物などと、誰が信じるというのか。だが彼女が相対しているのは、正にそのヴァンパイアそのものであった。

「うふふ、賢い人の子。そうやって誰よりも高いとこから見下ろすふりして、ホントは何かを隠してる。独りぼっちにはなれないことを、ホントは誰より知っている」

「へえ……打つ手がなくて、遂に心理作戦ってわけ? それで、貴女はどうしようと言うの?」

「ふふっ、知ってるくせに」

 虚勢を張るインカローズの挑発に対し、タンザナは妖しく微笑むと、突然本棚に向かって飛び付き、三角跳びの要領で襲いかかった。

「何を……!」

 あまりに短絡的な正面からの攻撃に、インカローズの反応が僅かに遅れた。その一瞬が命取りだった。タンザナの高速の一突きが、インカローズの腹部を捉える。

「があっ!」

 インカローズは痛みに呻き、剣を取り落としかけた。だがギリギリのところで掴み直し、その刃を光らせる。

「はあっ!」

 剣の先から生まれた風を推進力として、インカローズはタンザナとの間合いを強引に生み出した。タンザナは追撃を諦め、その場での降下を選ぶ。勝負は仕切り直しになるかと思われた。

「力を示せ、ワイバーン!」

 だが、降下途中のタンザナが剣を一振りすると、刃の先から有翼の怪物が飛び出し、インカローズ目掛けて牙を剥いた。

「化け物が……化け物を呼び出すなどと!」

 すでに空中で体勢を整え終えていたインカローズは、剣を鋭く振って残撃波を放った。斬撃波は飛翔するワイバーンとぶつかり、一瞬のうちに対消滅した。だがこの間が、タンザナに十分な攻撃の機会を与えた。地上から受け身を取ることもなく繰り出したバックフリップで上を取っていた彼女は、剣を妖しく輝かせながらインカローズに迫った。

「さあ……見せて! 貴女の心を!」

「があっ!!」

 胴体を切り裂く斬撃の後、タンザナの光が眩く光を放った。光は空間中に広がると、更なる精神世界の奥底へと二人を誘っていった。

ーー

 とある城の中庭で丸いテーブルを囲み、4人の若きプリンセスがお茶会を楽しんでいる。

「イキシア、お招きいただきありがとう。このお茶もとってもおいしいわ」

 縁の青い眼鏡をかけた、今よりやや幼い姿のインカローズが、茶髪のプリンセスに声をかけた。

「礼にはおよびませんわ、インカローズ。お客が来てこそのお茶会なのだから」

 イキシアは太陽の如き笑顔でこれに答えた。彼女もまた、現在の姿よりは幼い印象を受ける。

「それは言えてるな。つまり、あたしがこのお茶菓子を飽きるほど食べても、太陽のプリンセス殿は怒らないってわけだ」

 ルチルはそう言うと、目の前の皿に盛られたマカロンを口一杯に頬張った。彼女に関しては、今と変わらぬ振る舞いが、却って歳相応に見えた。

「……ひとつ、よろしいかしら?」

 それまで押し黙っていた長髪のプリンセスが、ここで静かに口を開いた。

「どうかしましたか、フローラ?」

「……貴女たちとこのような時間を過ごせて、とても楽しいのだけれど……そろそろお終いにしませんか?」

「おっ、何か用事でもあるのか? よし、次はいつにする?」

 そう答えながら、ルチルは余った菓子類を自らの方にまとめて引き寄せた。

「いえ、そういうことではないわ。もう金輪際会うのはやめましょうと言っっているのよ」

「……何故?」

 イキシアの返答はそれだけだった。だがその短い言葉に、静かな怒りと失望が込められていた。

「私たちは、お互いに自分の国のために尽くし、この世界を繁栄させるという使命を担っているはずです。それがこんな……このような馴れ合いに甘んじているなどと」

「……分かったわ、フローラ。もうこれまでにしましょう」

 フローラがイキシアの感情を読み取っていると悟ったインカローズは、そう言って席を立った。その場にいる誰もが、お互いの心の内を理解していた。結局は、それからすべてが変わってしまった。

 インカローズはそのまま歩を進めると、遠巻きからお茶会の様子を伺っていたタンザナに話しかけた。

「……つまり、そう。私は彼女を止めるためにここに来たの。私は友情が何物にも代えがたい宝だということを知っているから」

「それはあのカワイイプリンセスが誰より優れていると考えるのが傲慢だと思うから? それとも、功名がために愛なき結婚をするのが悲しいと感じるから?」

「……どっちもよ」

 インカローズは自嘲気味に微笑み、タンザナに自らの剣を差し出した。

「もう降参するわ。誰かに心の中を見透かされたまま勝ち抜けるほど、この闘いは甘くないから」

「それはそれは……殊勝な心がけね」

 タンザナは自らの聖剣を煌めかせ、インカローズの剣をへし折った。

「まあ、せいぜいのんびりと見てなさい。貴女の宝を守ってくれる者が絶対に現れるはずだから」

「……期待してるわ」

 インカローズは微笑みと共に光の中へと姿を消した。タンザナは剣を一振りしたのちに鞘へと納めると、おもむろにお茶会のテーブルへと走り出した。すんでのところでしかし、お茶菓子を味わうのは叶わなかった。

プリンセス・クルセイド 第3部「ロイヤル・プリンセス」#2 【叡智の姫君】完
次回 #3 【フローラ、華のように】



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