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プリンセス・クルセイド 第3部「ロイヤル・プリンセス」#2 【叡智の姫君】 5

「ハアーッ!」

 風を纏い宙に浮かぶインカローズが、地上のタンザナ目掛けて斬撃波を撃ち下ろした。

「くっ!」

 タンザナはこれをバックスステップで躱し、間合いを取った後に斬撃波を撃ち返す。

「ヤーッ!」

「ふんっ!」

 空中のインカローズは、薙ぎ払うように剣を一閃した。すると、剣から超自然の風が現れ、包むようにして斬撃波を飲み込んだ。

「はあっ!」

 インカローズがもう一度剣を振ると、斬撃波を飲み込んだ風が大きく旋回し、逆にタンザナに向かって襲いかかっていった。

「なんのっ!」

 タンザナは剣を振り下ろし、再びの斬撃波での相殺を試みた。しかし、インカローズの風に操られた斬撃波は衝突の寸前でコースを変え、タンザナの後方へと回り込む。

「ちっ……」

 タンザナは前方へと飛び込み前転を放ち、迫りくる斬撃波を回避しようと試みた。しかし――

「があっ!」

 受け身を取った瞬間、後に放ったほうの斬撃波が別の風によって操られ、タンザナの背中を直撃した。続いて、後方に回っていた斬撃波が、タンザナの手に握られている無防備な聖剣を急襲する。

「やあっ!」

 タンザナは強引に身を捻り、刃への致命的な一打をギリギリで回避した。目標を失った斬撃波は再度の方向転換を試みるも、間に合わずに本棚へと着弾した。

「……ハア、ハア……よ、ようやく終わりましたか……」

 片膝を付いた状態で息を切らしながら、タンザナは呻くように呟いた。彼女の頭上で、聖剣の力によって宙に浮くインカローズが指を鳴らす。

「コントロールが間に合わなかったか……この狭い空間が、貴女に幸いしたようね」

「そもそも、こういう所には本がたくさんありすぎるんですよ。もっとこう……絞りきれないものなんですか? おいしい料理の本だけにするとか」

「料理の本……? ふふっ」

 タンザナのとぼけた返しに、インカローズは思わず吹き出した。

「貴女って、相当な食いしん坊なのね。さっきの図書館でも、そういう本を探していたの?」

「そうしたいところでしたが……それよりも優先すべきことがありましてね。慣れないながらも、調べものをしていたのです」

「それで? 成果はあった?」

「何も分からないということが分かりました」

「あら、それは残念。でも、それでいいのよ。知識は何事も、分からないということを認めるところから始まるのだから」

「それはそれは……なんともありがたい慰めですね」

 会話を交わしながら、タンザナは体勢を整え、剣を構え直した。宙を浮く相手に剣で勝負を挑むことの愚かさは、これで十分に分かった。さりとて、動物さんたちではエレメントの風の力には敵わない。

「……己こそ、己のよるべ……朝も昼も」

「……よるべの『よる』ってそういう意味じゃないわよ」

「ああ、そうですか」

 呟きに律儀に答えるインカローズに向かって、タンザナはほとんど吐き捨てるようにそう言うと、左手を聖剣から離し、小指を甘噛みした。

「……何を……?」

 訝るインカローズの前で、タンザナの体全体が不可思議に発光した。やがて光が晴れると、瞳が金色に輝き、大きく伸びた牙を持つタンザナの姿が現れた。

「御託を並べるのはここまでにしておきましょうか。お前はおいしくなさそうだけど、食べるばかりが人生じゃないものね」

 タンザナはインカローズを見上げ、人ならざる恐るべき顔で怪しく微笑んだ。

続く

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