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プリンセス・クルセイド #8 【決着の刻】 9

 目を覚ましたアンバーは、自分が屋敷のリビングにいることに気がついた。寝かされていた長いソファーから身を起こすと、椅子に座ってこちらを見ていた赤毛の女性と目が合った。

「メノウさん……?」

「ああ、アンバー。無事で良かった」

 メノウはそう言うと、アンバーに向かって穏やかに微笑んだ。

「イキシア王女が君を運んでくれたんだ。本当に頼りになる人だよ」

「そう言ってもらえて光栄ですわ」

 メノウに答える声を聞いて、アンバーを視線を移した。すると、茶色い髪の麗しい女性が床の上に屈みこんでいるのが見えた。

「イキシア……そうか。メノウさんがイキシアを呼んできてくれたんですね」

「そのとおりですわ。正直、この卑劣な外道者たちは、わたくしが直接懲らしめてやりたかったですけれども」

 イキシアはこちらを見向きもしなかった。よく見ると、彼女は床に寝転がる二人の女性——ジェダイトとラリア——の頬を、それぞれ均等につねっており、そちらで忙しいようだった。

「残念ながら、部下を一人取り逃がしてしまったんだ。その……タンザナさんと闘っていたんだが……」

 メノウは歯切れ悪くそう言うと、部屋の一角を見やった。アンバーがそちらに視線を移すと、ソファーの上に薄紫の髪をした魅惑的な女性が寝かされているのが見えた。

「タンザナさん!」

 アンバーは咄嗟にソファーへ駆け寄ると、タンザナを覗き込んだ。彼女の目は固く閉ざされ、まったく動く気配がない。

「そんな……タンザナさん!」

 アンバーが必死に体を揺さぶると、タンザナの艶やかな唇が微かに動いた。

「……ですがウサギさん。それではあまりにも……」

「……ウサギ?」

「……そう、ワニさんの言い分にも一理あるのです。ピザの御前会議というのは……」

「……はい??」

「それ、寝言ですわよ」

 イキシアがジェダイトの鼻をつまみながら、混乱するアンバーに答えた。その直後、穏やかで心地良さそうな寝息がアンバーの顔をくすぐった。

「じゃあ、寝てるだけ……?」

「そう。わたくしが貴女とジェダイトをここに運んできたとき、すでにメノウが彼女とラリアをここに寝かせているところでしたの」

「そうなんだ……ああ、良かった」

 アンバーが安堵する脇で、イキシアは今度はラリアの鼻をつまみながら、メノウのほうを振り向いた。

「メノウ、タンザナに何があったのですか?」

「さあ、分かりません。私が見つけたときには、彼女は一人で倒れていましたので……」

「……本当ですの?」

 メノウの返答には、どこか含みがあるように聞こえた。イキシアもそう感じたのか、訝しげな視線をメノウに送っている。

「本当のことです」

 しかしメノウは、まっすぐとイキシアの目を見て、はっきりとそう答えた。その視線には、有無を言わせぬ力強さがあった。

「……そう。なら、いいですわ。貴女を信じましょう」

 言葉とは裏腹に、イキシアの言葉には棘があった。それは彼女が普段メノウと接するときのような、対抗心むき出しの態度とは明らかに違い、どこか冷たいものを感じさせた。それを受けて、メノウの視線も一段と強まる。

「……アンバー様?」

 そんな張りつめた空気の中に、いつの間にか目を覚ましていたタンザナの声が割り込んできた。

「ここは……? ああ、すべてうまくいったのですね。ご無事で何よりです。アンバー様」

 タンザナはそう言って身を起こすと、アンバーに微笑みかけた。

「私はあのアレクサンドラという方と闘い始めてからの記憶がはっきりしないのですが……アンバー様はご存知ないでしょうか?」

「いえ、今ちょうどその話をーー」

「さあ、分かりません」

 説明しようとしたアンバーを遮り、メノウがイキシアに答えたのと同じようにタンザナに答えた。

「そうでしたか。あの方がここにいないのを見ると、私は負けてしまったようですね……」

 タンザナは床の上でイキシアに唇をつままれている女性二人を一瞥すると、アンバーに頭を下げた。

「アンバー様、お力になれずに申し訳ございません」

「いいんですよ、タンザナさん。来てくれただけで嬉しいです。ありがとうございました」

 アンバーはタンザナに顔を上げさせ、礼を言った。

「ああ、お優しいのですね、アンバー様」

 タンザナは感激しながらそう答え、今度はメノウのほうを見た。

「メノウ、私はあなたの期待に応えられませんでした……」

「いえ、そんなことは。貴女は……」

 また頭を下げたタンザナに、メノウは何かを弁明しようとした。

「私は?」

「貴女はアンバーを見つけ出す手助けをしてくれたそうじゃないですか。イキシア王女がそう言っていましたよ」

「私が……?」

 メノウはアンバーの知らない話をしていた。だが、どうやらタンザナにとっても初耳の話題らしかった。彼女はまるで分からないといった表情で、きょとんとしている。

「ちょっと、覚えてないのですか? 貴女がアンバーは地下牢に居るとおっしゃったのですよ?」

「そうなんですか? どうやらそのことも忘れてるようですね……」

 動揺した様子のイキシアに、タンザナはそう答えると、神妙そうに顔をしかめた。

「あるいは、口が勝手に動いたか……そういうときもありますよね? 私自身、今まで言ったことのすべてを言ったとは言い切れないので」

「……はい?」

 タンザナの意味不明な言動に、イキシアは呆気にとられた。その隙に、タンザナはイキシアの隣に座り込み、床に寝ている二人の顔いじりに加わった。その光景を見て、アンバーは思わず笑みをこぼした。

「どうした、アンバー?」 

 不思議そうに尋ねてきたメノウに、アンバーは穏やかな心地で答えを返した。

「いえ。ただ、皆が元気なようで安心したんです」

「……そうだな。まずは一安心だ。今のところはな」

 メノウの言葉には相変わらず含みがあった。これでまた、彼女に関する謎が一つ増えたことになる。だがそれでも、彼女が自分を助けようとしてくれたおかげで、ついにジェダイトを倒すことができた。メノウだけではない。イキシアはジェダイトに立ち向かう勇気をくれた。詳しいことははっきりせず、こちらも謎だらけだが、タンザナは屋敷に侵入する力になったらしい。皆のおかげで、自分は救われたのだ。

「……メノウさん」

 アンバーは未だに顔をつまんで遊んでいるイキシアとタンザナを見ながら、メノウに声をかけた。タンザナはルールがよく分かっていないのか、今やイキシアの頬をつまんでいた。

「……なんだ?」

「今日は本当に大変な一日でしたね」

「……ああ、そうだな」

 アンバーとメノウはそれだけ言葉を交わすと、お互いに微笑み合った。色々あったが、これでようやく仲間と共に家へ帰れる。アンバーにとっては、それが何よりも嬉しかった。

プリンセス・クルセイド #8 【決着の刻】 完
プリンセス・クルセイド 第1部 終劇

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