プリンセス・クルセイド #3 【心の剣】 10

 上空を旋回する剣目掛けて、斬撃波が襲い掛かる。

「そうはいかない!」

 ミーシャが剣に向かって手をかざし、剣を垂直に上昇させた。斬撃波は標的を外れ、虚空に消えていく。

「ダメか……」

 アンバーはその様子を見送ると、すぐに身を翻し、岩場から飛び降りた。振り返ると、再度軌道を変えて後を追ってきていたミーシャの剣が、旋回して戻っていくのが見えた。先程からこのように、攻撃しては隠れるといった動作を繰り返しているが、一向に状況が進展する気配が無い。かと言って調子に乗って攻め込めば、すぐさま反撃を受けてしまうだろう。しばらくはこのまま攻撃を繰り返し、新たな策を考えるしかない。アンバーはそう決意してから、大地を蹴って岩場に飛び乗った。

「……案外ずるい闘い方するんだね。市場で遠くから見たときには、そんなふうに見えなかったのに」

「ずるいって……貴女の聖剣も相当だと思うけど……」

「私のは仕方ないよ。こういう能力だもん!」

 ミーシャは子供らしく開き直るように答えると、腕を振って剣を空中に放った。

「ハイヤーッ!」

 襲い来る刃に向かい、アンバーは再度斬撃波を放った。

「無駄だって!」

 ミーシャが手をかざし、聖剣が垂直に軌道を変えて上昇する。斬撃波はまたも虚空に消えていき、アンバーはすかさず離脱の体勢に入った。

「そうそう上手くはいかないよ!」

 ミーシャの叫びと共に、空中の聖剣の刃先から細く長い光の筋が飛び出した。

「斬撃波……?」

 不意を突かれ、アンバーは足を止めてしまった。斬撃波は狙いを僅かに逸れ、右肘へと着弾する。

「ああーっ!」

 アンバーは痛みに呻いた。しかしなんとか足に力を込め、岩場の縁へと飛び退く。その間も聖剣は斬撃波を放ってきたが、かろうじて地面へと滑り下りることに成功した。

「どう、アンバー? 貴女の真似をしてみたんだけど!」

 ミーシャの叫ぶ声が、岩場の反対側から聞こえてくる。

「でも、アンバーみたいに凄い威力にならないね! どうやるの?」

「私が知りたいよ……」

 アンバーはひっそりと独りごちた。上空では、こちらを牽制するようにミーシャの聖剣が浮かんでいる。アンバーには、こうしてミーシャが見せつけているほどには斬撃波を制御できない。せいぜいが強く発射するか、もっと強く発射するかだ。そして後者の方は、意識を集中させた状態でなければ放てない。未だ打開策を見出せない現状では、そこまでの攻撃は不可能だ。

(このままじゃ……ダメだ)

 アンバーは自らの右腕を眺めた。肘から先が無残に黒ずんでいる。感覚が無くなっている。これではどのみち、斬撃波に頼るしかない。だが、今やミーシャも斬撃波を使いこなせるようになった。聖剣の能力を引きだしているだけ、彼女の方が有利だ。

(だけど……負ける訳にはいかない!)

 ミーシャが必死になっている理由は今でも分からないが、それでも勝ちを譲る気は無い。父のため、闘い方を教えてくれたイキシアのため、そして自分を守ろうとしてくれたメノウのためにも。ここは何とかするしかない。アンバーはそう決断して上空の聖剣を見上げた。剣はちょうど旋回し、飛んできた方へと戻るところだった。あまりに繰り返し見た光景だったが、アンバーの脳裏にある体験がフラッシュバックした。

(そう言えば、攻撃を避ける時にミーシャはいつも……)

 アンバーはおもむろに立ち上がり、岩場に飛び乗った。視界の先に、ミーシャの手元に剣が収まるのが見える。

「……このままいつまでも繰り返すつもりなの?」

 ミーシャが挑発気味に声を掛けながら、再度の投擲の構えに入った。

「いいえ、もうやめるわ」

 アンバーは無傷の左手だけで剣を一度振りかぶり、ゆっくりと下ろして構えに入った。そして静かに息を吸い、細く長く吐く。チャンスは一度。その一度で必ず仕留める。

「そうだね。これで……終わり!」

 ミーシャが腕を振り、聖剣を放った。風を切って迫りくる刃を、アンバーは正面から見据える。先端が目に突き刺さるような錯覚を覚えながらも、恐怖をこらえてギリギリまで引き付ける。やがて自分の剣のリーチが届く程の距離にまで近づいてくる。

「ハイヤッ!」

 その瞬間、アンバーは剣を振り上げ、斬撃波を放った。太い光の束が、空中の剣に襲い掛かる。

「やあっ!」

 ミーシャの掛け声と共に、標的の剣はその軌跡を変え、垂直に上昇した。ここまでは先程までと同じ流れだ。だが、これこそがアンバーの狙いだった。

「ハイヤーッ!!」

 アンバーは振り上げた剣を身をよじって闇雲に振り下げ、もう一度斬撃波を放った。勢いで頭が後ろを向いてしまう中で、先程よりも太く、明るく輝く光の束が空中の剣を包み込んでいくのが辛うじて見えた。

「そ……そんなーっ!」

 ミーシャの絶叫が空間内に響いた。完全に後ろを向いてしまったアンバーには、その姿が見えない。

「……当たった?」

 アンバーの言葉に答えるようにして、斬撃波の光がチャーミング・フィールド全体に広がっていった。やがて全てを包み込むようにして、空間が収束していき、闘いは終わりを告げた。

 11に続く



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