駅で出会った「この人」と男の人。

夜、仕事終わり。私は普通電車から急行電車に乗り換えて長いシートの端っこに座った。目の前に座る同い年くらいの女の人も同じように普通電車から乗り換えてきた人だった。その人が隣の車両に移動した。その理由が私かもしれないと自意識過剰に思ったけど、違ったらしい。私の少し隣、キャリーバッグのような荷物があった。古い布団のようなものを包んでいる茶色の紙袋は破れて、ぐるぐるとガムテープで貼り付けられている。「キャリーバッグのような」何が入ってるか想像できない荷物。

若い男性に話しかけているおじさんっぽいおばさん(ジェンダーレスの時代にはどちらでもいい情報。でもイメージするには必要な情報。と思っている。以下、この人。)がその荷物の持ち主だったようで、私の隣に座り、話かけた。

「あなた〇〇駅まで行くよな?改札出て右の方のロータリーのところにこれ運んでほしいんやけど。男の人に頼んだんやけど時間がないらしくて断られたんよ。ごめんやけど手伝ってくれる?荷物が重くて持てへんのよ。」

なんてことない。もちろん引き受けた。でも、すぐに分かった。この人、感謝できない人だ。
どんな言葉を選ぶかは大事だ。でもそれ以上にどんな音で発するかだと思う。声にはその人が宿っている。「ごめんやけど」という言葉に「ごめん」なんて意味は含まれてない。

電車に揺られる20分の間。
「△△駅から〇〇駅までの運賃ってなんぼ?こんだけしか持ってへんのやけど。調べてくれる?」
「1090円ですよ。足りるので大丈夫ですよ。」
「今何時?」
「11時です。」
「ちょうど?ほないいわ。持ってもらう荷物、重いけど傾けたらましやから。私これ持たんくても他の荷物がもう重くて持てへんのよー。」

・・・なぜ、みんなこの人に話しかけられないように下を向いているのか。なぜ、話しかけられている私が生贄(言いすぎ。)かのような雰囲気なのか。なぜ、この人にこの空気感が伝わらないのか。気づかないのか。

分からないでもない。話しかけられたら自分の時間を邪魔されて迷惑だから。話しかけられたら私のように耳から外したイヤホンを手で握り続ける羽目になるから。この人がそういう相手の気持ちどころか、車両を覆う空気感にすら気づかず振る舞う人だから。何が入っているかわからない、しかも重い荷物を持ちたくないから。


キャリーバッグのような荷物を持った私を「あーあ。」と横目に通り過ぎる人たち。その視線が痛いなあと思う私。「やっぱり男の人にやってもらった方がいいわ。」と大声で言うこの人。

と、そこで大学生くらいの男の人。髪を遊ばせたキャンパスライフエンジョイボーイ現る。

男の人は一緒にいた2人に「先行ってて」と声をかけ、この人に向かって「全然いいですよー」と言った。
この人は「これ運んで欲しいんやけど。重くて持てへんのよ。」と同じことを繰り返した。でも、男の人は「全然いいですよ。」と答えた私と同じではなかった。

「全然いいですよ。どこから来られたんですか?こんな重いの持って大変だったでしょ。おつかれさまです。」

男の人は私に代わって荷物を持ってそう言い、歩き始めた。この人の歩くスピードに合わせて。
この人は私を無視して去っていった。「この荷物ほんまに重くて持てへんのよ。」と言いながら。


私はまた電車を乗り換えなければいけなくて、ホームに向かった。その先で男の人と一緒にいた2人を見かけた。私は男の人への感謝と尊敬を伝えるべきだととっさに声をかけた。「さっきの方にありがとうございましたと伝えていただけませんか。」

なぜ、私は声をかけてしまったんだろう。なぜ、男の人はあんなに柔らかい口調で手伝ったんだろう。一緒にいた2人は戸惑っていたのに。ある意味、男の人も気づかない人なのか。なぜ。私は男の人と同じじゃなかったんだろう。

わからないでもない、ことはない。全然分からない。とりあえず、男の人と話してみたくなった。


この人が。快く明るく手伝ってくれた男の人に、どうかお礼を言っていますように。と願う。間違っても「はい、どうも。」という言葉で片付けてしまうなんてことはないように。と心の中でこの人に教えてあげる。


電車に乗って家に帰る。明日も仕事だ。人と関わる仕事で大切なことは何か?今の出来事だけで色々と、分かってしまうな。うん。

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