東京にて。

 東京駅八重洲口を出てすぐに
「東京好きだなー」
と、思った。東京駅周辺のかんじが好き。智恵子は東京に空が無いといふけれど、東京の空も悪くない。電線がないからなのか、歩いていて道も苦しくない。平日で、お昼時で、働いている人がたくさん歩いていた。おれは仕事を休んで美術館に行く。それは東京駅から徒歩5分ほどで行けるアーティゾン美術館というところで、昔はブリヂストン美術館という名前。
 シュッとした美術館だ。
 ブランクーシという彫刻家の展示を観た。たまらなく好きだった。美術の展示ではよく映像作品もあって、だいたい5〜10分くらいの映像がエンドレスで流れていることが多いのだけど、ブランクーシの映像作品は59分もあった。そんなに観てられるかい…と思いながらひとまずソファへ腰かけ、59分中ブランクーシが実際に制作しているところの映像が流れてくるまでねばった。旅の記録映像が延々と流れちょっと寝そうだった。ようやく制作場面が流れる。でっかい石を叩いて削って運んでいる。彫刻家は体力がいるということがわかった。
 エスカレーターを降りると、もうブランクーシはいなかった。石橋財団の所蔵する美術作品がたっぷり展示されていた。有名な画家の作品がもりもりあって、ブリヂストンやべー、と思った。もしかしたら小声で「やべー」と発語していたかもしれない。とにかくシュッとした美術館なので作品の横にキャプションなどなく(あるものもあるが)、別紙が用意されている。作品の横に書かれた番号を別紙と照らし合わせると、誰のなんと言うタイトルでどんな画材でいつ制作されたかなどが書かれているが、その、別紙の文字がとんでもなく小さい。これは老眼だったら絶対に見えない。おれはまだかろうじて老眼未満なのでギリ裸眼で読むことができたが、数年後には白い紙にモヤモヤとした何かがあるという程度にしか解読できないだろうな。でもブランクーシの展示はキャプションがない方が圧倒的によかった。だからおれは近い将来、シュッとした美術館を楽しめるように、老眼がきたらシュッとした眼鏡を作ってやろうと決めている。
 ミュージアムショップでブランクーシの白い犬という小さなぬいぐるみが売られていた。ブランクーシの飼っていた犬がモデルらしい。確かに展示作品の写真の中に犬と一緒に写っているブランクーシの写真は何枚かあったが、正直写真の犬には似ていない。“白い“という一点だけだろう。しかも彫刻作品とはまったく関係のないブランクーシの愛犬というだけでグッズにしてしまうものなのか。


……買った。


 東京駅に戻り、次の目的地に向かう前に軽く食べておこうと駅の中にある蕎麦屋へ。メニューが少なく、選択肢があまりなかったのでちょっと自分の食べたかった蕎麦とは違ったがまぁいいか。と思い、食べた。少し時間が余ったので構内をうろついていると、まさかのもう一軒蕎麦屋があり、うわ、こっちやったかーと悔やんだ。そっちの方がメニューが多くあり、スペースも広そうだった。悔しかったのですぐに蕎麦屋から目をそらし、「別に。」という雰囲気を出した。おれは負けたわけじゃない。と言い聞かせる。
 とにかく早く、おれの(ブランクーシの)白い犬に触りたかった。犬は丁寧にオシャレなシャラシャラした袋に入れさせられ、さらに紙袋に包まれていてそれをリュックサックに入れているので出すタイミングを計っていた。しかし、おれは電車に乗ってしまう。車内でガサゴソ紙袋を開けるのは恥ずかしいなという自意識が働いて白い犬に触れられないまま犬で頭がいっぱいのまま次の目的地へと向かった。

つづく。