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動物たちのリーダーシップ

【 動物たちのリーダーシップ】 中川志郎

リーダーの意思決定は例外的

 動物たちの群れにはリーダーがいて、その意思決定が、群れの行動の重要な引き金になっていると考えている人が多い。しかし、動物全般をみまわしてみると、このような群れ組織をもつものはごく少数の、むしろ例外的な存在といってよい。

 大群をなしている昆虫など無脊椎動物の行動が、リーダーの意思決定によってなされていないことは明らかである。一方、魚類、両生類、爬虫類などの行動は、あたかもリーダーがいて行動しているように見えることが多い。しかし、これらの変温動物たちの行動もまた、リーダーの意思決定で組織的な行動をしているわけではないのである。

 これらの動物たちは、一緒にいるものが仲間であることや、個々の仲間の性別を識別することはできるが、隣にいるものが特別な誰かという個体識別はできない。このような動物をひとまとめにして「無名集団」とよぶ。一緒にいるけれど、隣にいるのが誰かによって、その行動は影響は受けない。従ってこの集団にはリーダーが生まれようがなく、それよりも、集団でいることの効果は、繁殖の機会の増加や大群であるがための消極的な集団防衛機能にあるといってよい。

鳥類、哺乳類の群れ

 これに反して鳥類、哺乳類の群れでは状況がかなり違う。鳥類では、仲間識別や性識別ができるうえに個体識別が可能で、隣にいるものの存在が、個体の行動の制約条件として働く。繁殖のためのペアリング状況などをみていても、相性のようなものがあって、オスとメスであれば成立するというものではなくなる。個体識別の結果としての選択基準が生じるからである。しかし、「烏合の衆」という言葉があるように、群れ全体の行動がリーダーの意思決定によってなされるというものではない

哺乳類

 哺乳類もまた個体識別が可能である。群れ構成員の他の個体の行動と存在が自分の行動の制約条件として働くが、行動進化が進むにつれてその条件は複雑化する。

 このように、集団を構成する他のメンバーの存在を個体として意識し、自分の行動がそれらとの関係のうえに成立することを社会性といい、このような集団を「顔見知り集団」とよぶことが多い。このような群れ集団では個々の結びつきは強く、排他性が生じ、群れ全体を外敵から守ろうとする積極的な防衛機能をもつようになる。

 とくに、発達した群れ生活をおくる哺乳類では、群れであることのメリットを最大限に発揮し、群れでいることからくるデメリットを軽減するために、さまざまな仕組みが発達する。そのひとつがリーダーの存在であり、リーダーシップの発揮ということだろう。

イヌ科動物

 その典型的な例のひとつがイヌ科動物にみられる。とくにオオカミの仲間では、αとよばれる第一位のオスがリーダーとなり、その意思決定で群れがうごき、その決定は絶対なのである。群れは数頭から十数頭に達するが、このなかで繁殖に参加できるのはαオスとαメスとよばれるリーダー・ペアだけである。オオカミたちが群れをつくり、その群れのリーダーによる指揮が厳格に実施されるのは、自分よりもはるかに大きな獲物(バイソンやオオシカなど)を集団で狩る必要からなのである。実際、オオカミの狩りをみていると、リーダーの指揮に従って群れの構成メンバーはその職分を正確に果たしていく。その状態は、人間の軍隊にも比べることができるという学者もいるほどである。

 このためには、リーダーの存在もさることながら、群れ全体をつなぐ仲間意識、それを可能にする高度なコミニュケーションの存在がある。オオカミたちの動作のひとつひとつには意味があり、鳴き声は重要な意思伝達の手段となっている。リーダーの個体的な能力をみると、体が大きく、行動機敏で、戦闘能力にすぐれていることがあげられる。ただし群れメンバーからの信頼がなければリーダーを務めることができないし、メスに対する優しさもまたその重要な条件とされる。『シートン動物記』のなかで、「オオカミ王」とよばれた「ロボ」がいかなるハンターたちの挑戦も退けながら、捕まったαメスのブランカを助けるためにあらゆる危険を冒すという話はその典型的な例である。

オオカミは高齢者や子どもを集団で養う

 また、オオカミには、獲物を捕ったときそれを腹一杯に食べて群れの本拠へ戻り、食べ物を吐き出して、狩りに参加できなかったものたちに分け与える「吐き戻し行動」というのがある。これは仲間意識の強化に役立つのだが、リーダーは率先してこの行動をおこなうことが知られている。

 こうしてみると、オオカミの場合、そのリーダーの条件は強さと優しさに集約することができるだろう。

霊長類

 さて、ヒトをふくむ霊長類もまた「顔見知り集団」の最も発達した社会組織をもつグループである。ニホンザルの社会研究に端を発したこの分野の研究は、いまやアフリカのゴリラやチンパンジーにおよんでいるが、動物園のサルたちにもその片鱗をみることができる。とくにサル山とよばれるニホンザルの集団飼育の現場では、そのひな型ともいえる群れの構造の仕組みを観察できるのである。都立多摩動物公園のサル山でリーダーが急死したとき、ニューリーダーの決定までの経緯はとても興味深かった。

猿山

次期リーダーは?

次期リーダーにはno.2、no.3、no.4と目されていた三頭のうちから出てくるだろうとだれもが予想していた。ところが実際には、予想外の no.5のカンタロウが次期の王座に就くことになったのである。

 理由は単純だった。上位の三頭たちは跡目争いに先を争って参加した。実力が伯仲であったために互いに傷つき、全員が動物病院に入院を余儀なくされてしまったのである。

 そこがカンタロウの出番なのだった。

 もともと優しくて母や子のサルたちに人気のあった彼はこの機会に群れの衆望を集め、上位のサルたちが2か月後に退院してくるまでにはがっちりとその地位をかためてしまったのである。地位逆転はまことに見事で、退院組はなすすべもなくカンタロウの軍門に下った。カンタロウには群れ全体がついていたのである。こうしてみると、サルの場合は、強さと優しさのほかに「機をみるに敏」という情勢判断の確かさが大きくものをいったとみるべきだろう。

ヒトもまた霊長類。このリーダーシップの条件は人間の集団にも当てはまるかもしれない。リーダーの存在は、種の存続を確かにしようとする行動進化の表れにほかならないからである。

「動物たちのボランティア」

中川志郎さん の プロフィール

1930年茨城県生まれ。宇都宮農林専門学校(現宇都宮大)獣医科卒。
1952年より上野動物園に獣医として勤務。ロンドン動物学協会研修留学の後、同動物園飼育課長。
1984年、東京都立多摩動物公園園長。その間、初来日のパンダ、コアラの受け入れチームのリーダーを務める。
1987年、上野動物園園長。東京動物園協会理事長。
1994年、茨城県自然博物館館長。
その後、茨城県自然博物館名誉館長、(財)日本博物館協会顧問、(財)全日本社会教育連合会理事、(財)世界自然保護基金ジャパン理事、(財)日本動物愛護協会理事長を歴任。
2012年7月16日死去

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