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仕事はやめると

尊敬する先輩が言った。「亡くなる前の晩も、隣のベットで論文を読んでいた」「でも、何の論文だったか全く覚えていない」

私は、夫を看取ることはかなわなかった。それは、自分が仕事を優先した罰だと感じていた。
「私は、次は仕事はやめる」

普段は、「がんと診断されてもすぐに仕事をやめないようにしましょう」とアドバイスしているのに、全く矛盾している。先輩は少し驚いたような顔をして言った。「それは、看取りの経験をしたからだね」そうかもしれない。その場にいられなかった「看取り」だったから。

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亡くなる半年前に契約した案件があった。それはやりたい仕事だった。忙しくなることはわかっていたが、何とかなるだろうと、躊躇しながらも受けた。病状は進行してはいたが、また持ち直すかもしれない。海外出張の予定も入れていた。

ところが、坂を転げるように悪化し、「週末に仕事を入れないで欲しい」と、言うようになった。ほどなくして、入院することになった。私はと言えば、仕事が思うように進まず、亡くなる直前までトラブル処理のために奔走し、病院からアポ先に出かけ、ベットの横でコンピューターの画面を見続けた。病室から電話をかけて病人から苦言を呈され、待合室に避難して電話会議をした。今思えばおかしな話だが、海外出張にも行くつもりだった。あの時、代わりに出張に行ってくれたチームメンバーには本当に感謝している。彼らがいなかったら、病人をおいてアフリカに飛んでいたかもしれない。

なぜこんなことになったんだと自分を罵倒しながら仕事をした。苦しかった。

誰も悪くはない。でも、あんな経験は二度としたくない。もし次に同じ場面が来たら、仕事はやめると決めている。だから、その日が来るまでは全力。

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