だから、神様なんていないから⑤
はい、どうせつまらないです。
私、山下佳奈美は本日も軽快に、読んだことない本をそう判断する。なぜ読んでもないのに決めつけるのか。答えは簡単、勘なんだ。そうです、少し韻を踏みましたすみません。でも、本当に勘である。本屋で働いていると、タイトルや帯で大体の面白さが想像つく。例えば、「最後の〇〇で、あなたはきっと涙する」「驚異の新人デビュー」最近では「SNSで共感する人、続出」などがある。毎週新刊を棚に並べている者としては、また似たようなこと書いてあるわ〜、とウンザリしてしまう。月に2人くらい驚異の新人デビューしてるけど、どんだけいるねん、量産型か。こんな感じで毎週のようにツッコミを入れるので、疲れてしまう始末である・・・。
話を戻そう。本屋で働く以上、売れない本の見極めは非常に大切なスキルとなる。毎週のように新刊が発売されるので、売れない本は返品して、新刊の置き場を作らなければならない。そのため新刊であっても、発売してから1ヶ月で返品して、本屋から姿を消すということもざらである。そして、今まさに本を返品するための選定中である。
「また新刊が来てる」
私は思わず独り言を呟いてしまう。原因は私の目の前に積まれた、文芸書の新刊である。私が働く本屋では、午前中とお昼過ぎの2回に分けて、フロアの分野ごとに本が届けられる。届けられる本は3種類で、売れてしまった本の補充分と、お客様から注文を受けた分、そして新刊である。発売日が定められている新刊については、前日に届いても棚に並べることが出来ないので、閉店するまで放置しておく。私が担当している文芸書については、基本的に発売日が定められていない。なので、毎日開店前に焦って棚に並べるといったことはない。
しかし、問題は別にある。それは、新刊の多さである。たくさんの出版社から新刊が発売されるため、2、3日に最低でも1つは新刊が発売される。ここで発生するのが、新刊を並べる場所である。基本的に新刊を発売する時は、新刊棚と文芸書専用棚の2か所に積んで置くのだが、既に発売された本で埋め尽くされているため、どれかを返品しなければならない。そして、今抱えている問題は、昨日も新刊のために、散々悩んだ末に返品する本を決めたのだが、今日も新刊が来てしまったことである。
「はあ、また選ばないといけないのか」
正直、私は返品が嫌いだ。どれだけつまらなそう本であれ、発売に至るには長い苦労があったはず。そんなことを考えてしまうからだ。それにしてもこの新刊、タイトルからしてつまらなそうだな。絶対売れねぇよ。
まあでも、これも商売だから仕方ないか。そう決めつけて、私は返品する本を決め、箱に詰める。ちなみに返品する本の優先度は売れてない本からである。当たり前か。
「よし、これでいいか。次回作は頑張って売れてくれ。次があるか知らんけど」
「何をブツブツ言ってんの?」
急に後ろから話しかけられたので一瞬驚いたが、そこには同じ書店員の相沢さんがいた。
「急に話しかけないでくださいよ〜。ビックリしたじゃないですか」
「ごめんごめん。何か独り言ってるから気になっちゃって」
「ああ、返品本をどれにするか選んでたら、いろいろ考えちゃって。次は売れるように、って言ってたんですよ」
「なるほどね」
相沢さんはそれだけ言って自分の持ち場に戻っていった。そいえば、相沢さんは時代小説を担当しているが、毎日たくさんの本を返品している。やっぱり返品に対して、なんとも思わないのだろうか。それとも私が考え過ぎなのだろうか。まあ、どれだけ考えても返品はしなくちゃいけないんですけどね。
「すみませんが文芸書のご担当の方はどちらですか?」
なんだろう?
「私が担当ですが、何か御用ですか?」
まあ、話しかけてきたのだから、何かしら用があるのだろう。見た感じ30代くらいのおねえさんだが、もしかして出版社の方だろうか。
「実は私、先日発売されたこの本を書いた者です」
そう言って見せてくれた本には見覚えがあった。間違いない、あの本だ。もしかして、ちゃんと発売されてるか確認しに来たのかな。
「作家さんだったんですね。本の場所をお探しですか?」
「いえ、本は自分で見つけました。それであの、実はこれを持って来ました」
おねえさんが渡したのは、大きさA5サイズの、自作のPOPだった。POPとは、本が売れるように、その本の内容や実際に読んでみた感想などが書かれたモノである。ちなみにPOPではなく、サインを用意する作家もいる。しかしこれらは普通、出版社で用意がされる。今回のように自作のPOPを持って来るのは、かなり珍しい。
「少しでも売り上げに繋がればと思いまして。よろしければこのPOPを使ってください」
・・・。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
私はちゃんと笑顔を作れているだろうか。
「あの、今日までに何冊売れたかってわかりますか?参考程度に知りたいのですが」
「すみません、それは教えられません」
大丈夫、笑顔は作れてる。
「そうですよね、すみません変なこと聞いてしまって。やっぱり自分の本だと、どれくらい読まれているのか気になってしまって」
「いえ、お気になさらず。売れるといいですね」
「はい」
ありがとうございますと言って去っていくおねえさんを見ながら、少し罪悪感が芽生えた。おねえさんの本、あれは間違いなく私が先日、「この新刊、タイトルからしてつまらなそうだな。絶対売れねぇよ。」と思った本である。おねえさんには嫌な思いをさせたくないと笑顔で対応したが、来週には返品しようと考えていた。この本は2週間前、10冊入荷したのだが、現在の在庫は10冊。つまり、1冊も売れていない。別に珍しいことではない。1冊も売れずに返品する。そしてその本は、本屋から消える。こんなことは日常茶飯事。いちいち作家に感情移入していては、お店が潰れてしまう。だから今回も、多少の罪悪感を持ちながら返品をする。そうするはずだった。
貰ったPOPには、「心を込めて書いた」「デビュー作です」「感動を届ける」など、本の内容については一切関係ないことが、手書きで書かれていた。
「このPOP見て誰が買うんだよ」
たぶん、この本は売れない。理由は勘。そう、勘だ。私は本の神様じゃない。だから、どの本が売れるかわからない。でも、やっぱり、売れてほしい本はあるんだよ。
「相沢さんだったら、迷わず行動できるんだろうなぁ」
「あれ、その本返品するの?」
返品箱に本を詰めていた私に、相沢さんが声をかけた。
「はい、たぶんこれ以上は売れないんで。売れても1、2冊ですよ」
「ふ〜ん。作家さんから貰ったPOP、あれ大事そうに設置してたから返品しないと思ってたよ」
「売れると思ったんですけどね。結局5冊しか売れませんでした」
「そうなんだ。まあ、1冊も売れないよりはだいぶマシか」
「はい、よかったです!」
やはり私は本の神様ではないようだ。1冊も売れないと思っていたが、5冊も売れた。作家にしてみたら、全然売れてないと思うかもしれない。お店にしてみても、もっと売れてくれと思うだろう。でも、私は少しでも売れて嬉しかった。本が売れるかどうかも大事だけど、やっぱり縁は大事にしなきゃね。もしかしたら、あの作家には縁の神様が憑いていたのかな。
それにしても、今日も新刊多いな。
最後まで読んでいただきありがとうございます。これからもたくさんの想いを伝えていきたいと思います。サポートも嬉しいですが、スキやコメントも嬉しいので、ぜひお願いします。