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「介護職初任者研修」受講記~episode0~

「介護初任者研修(かいごしょにんしゃけんしゅう」ー『在宅・施設を問わず、介護職として働く上で基本となる知識・技術を習得する研修』(厚生労働省より)。

2021年3月11日、東日本大震災から10年を迎えた。あの日私は東京にいて、家族も友人も直接被災した人はいなかったけれど、それでもあの日の衝撃は確かに覚えている。

震災後、被災地でボランティア活動を行う人々の姿が連日メディアで紹介された。私は空調の効いた部屋でお茶をすすりながら、多くの人が自らの身を賭して懸命に働く姿に、ただただ驚いていた。
私には、仕事を休んで現地に赴くだけの勇気も行動力も、行った先で役に立つほどの体力やスキルも無かったからだ。驚きが尊敬に変わり、その尊敬が焦りに変わるまで、そう時間はかからなかった。

「明日、被災地に行ってくる」、そう知人女性に言われたのは4月に入ったころだったと思う。「何をしに行くんですか?」と訊くと「避難所に通訳が足りないみたいだから、少しでも力になれればと思って。土日だけの通訳ボランティアよ」とのことだった。彼女は帰国子女で、英語以外にもいくつか外国語が話せる人だった。なるほど、被災地では泥を掻く体力だけが求められているわけではないのだなと感心したものだ。

「私にできることは何だろう」ー彼女の話に感化されて我が身を振り返った私は、改めて自分の非力さに驚かされた。外国語は学校で6年以上学んだはずの英語すらおぼつかない。体力もない。勇気もない。財力もない。当然のように特殊なスキルなんて何もない。有り体に言って、完全なる役立たずなのだ。
「被災地で苦しんでいる人があれだけいるのに何もできないのか…」そう思い至った時、人生で初めての絶望にも似た途方もない無力感が襲ってきた。

「役立たずのままでよいのだろうか」
以来、この問いは私の頭の片隅でくすぶり続けてきた。
そして10年が経とうとする2020年秋、くすぶる火種に思いがけないところから酸素が送られることとなった。コロナ禍だ。
行政からの度重なる自粛要請を受け、毎週末のように出歩いていた私も自粛を受け入れないわけにはいかなくなった。在宅勤務になったことで家から出る機会も激減し、人と会うこともすっかりなくなった。
たまるストレスの捌け口を探す日々の中で、ある日ふと「介護の勉強ってどうだろう」、そんな言葉が降ってきた。
もともと気が利く方ではないし、人から世話をしてもらうことはあっても、自分が誰かを世話する立場になるとは思ってもみない人生を送ってきたが、この時、本当にふと「介護」という言葉が浮かんだのだ。
思えば両親も70を超えた。人生100年時代なんていわれているが、みんなが100歳まで元気で生きているはずもなく、事実、老いは確実に両親の体に影響を及ぼし始めている。兄は2人いるが、もし両親に何かあれば、まず動くことになるのは独り身で身近にいる私だろうと思われた。

なにやらぐだぐだともっともらしいことを書いてみたが、簡単に言ってしまえば、多少なりとも介護の知識を身に着けることは、自分と自分の家族にとって有益であると同時に、遊びに行くことがままならない今、毎週通う場所ができる=効率的に気分転換ができるというメリットがある、そんな風に思考が転がっていったということだ。

思考の球はさらに転がり、私の脳裏には友人たちの顔が浮かんできた。
30代も後半ともなると、無責任な暮らしを謳歌する私を尻目に、多くの友人たちが結婚、出産と着実に人生の駒を進めている。しかし、今は子育てに夢中な彼らも、親の介護に直面する日が来ないとも限らない。もしかすると子育ての途中でその日が来てしまう可能性もある。
共働き世帯が増えた今、仕事、子育て、介護という3つの課題に対応するのは至難の業だ。もちろんいざ介護となれば行政の支援を受けることはできる。しかし、例えばある日突然親が脳梗塞で倒れて、半身不随となった場合、行政からの支援を受けるために、まず誰に相談するべきかを知っている人はどれほどいるだろう。

困ったことに、介護保険制度というのは、その重要性のわりに認知度の低い制度だと思う。日本は超高齢社会と喧伝されて久しいが、その下支えとなるはずの制度について正確に理解している国民はほとんどいないのではないだろうか。(もちろん私も名称以外のことは何も知らなかった)
ちなみに、前述のような状況であれば、まずは「地域包括支援センター」へ行って相談することをお勧めする。「地域包括支援センター」は、介護保険法で定められた、地域住民の保健・福祉・医療の向上、虐待防止、介護予防マネジメントなどを総合的に行う機関。2005年の介護保険法改正を機に全国の各区市町村に設置されたこの施設には、介護分野の専門家である「主任ケアマネジャー」、福祉制度の専門家である「社会福祉士」、医療・保健分野の専門家である「看護師」「保健師」が在籍し、地域住民からの相談に対応している。
…でもこんなことを知っている人はそう多くはないはずだ。せっかくなので、この記事を読んでくれた方には、ぜひ、自分の住んでいる地域のどこに「地域包括支援センター」があるのか調べてみてほしいと思う。

これほど高齢化が進む日本において、なぜ介護制度についての理解が広がらないのか。理由はいろいろ考えられるが、その一つに、介護に対するネガティブなイメージがあるような気がする。
同じ「家族の話」であっても、こと子育てについてなら「ようやく夜寝てくれるようになったのよ」とか、「一人で歩けるようになったの」とか、「運よく近場の保育園に入れたの!」などと笑顔で話す彼女たちも、介護状態になった親について「夜中に何度もトイレに起きるのよ」とか「大腿骨骨折で入院したら寝たきりになっちゃって」とか「300人待ちの特養にようやく入れたのよ!」とは、そう気安くは話せないのではないだろうか。
話題にのぼらなければ、当然、悩みや経験は共有されず、介護に関する知識も広がっていかない。
そこでだ。
現状生き方においては「手ぶら」とも言える私が、ここで介護制度について学び、そのことを伝えることで、友人たちにとって「身内の介護の話を比較的気軽に話せて、ちょっとしたアドバイスができる存在」になれたらどうか、それは少しは「人の役に立つ」ことになるのではないかー。
コロナ禍をきっかけに転がり始めた思考の球はここで一つのゴールを迎えたのだった。

面白いもので、考え始めると、「介護」はそう遠くない場所にぽっかりと口を開けて私を待っているように思われてきた。行動するなら時間のある今しかない。そう思って調べてみると、2000年に始まった介護保険制度で定められたヘルパー2級という資格は今はなく、「介護職員初任者研修」という研修を修了することで同等の資格が与えられるということが分かった。
比較検討を重ねた結果、全16回のスクーリングを行っている都内の教室に毎週日曜日に通うことに決めた。授業は午前10時から午後17時まで。毎週日曜日、私には行くべき場所ができた。




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