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31-3 梅すだれ 御船/木花薫

矢形川は岸にいた舟で渡った。毎日誰かしらタケの豆腐を買いに来る。そのために舟がいるとも言える。船頭には豆腐を買いに来たことは明らかで、甘木側の岸へ着くと訊かれもしないのに、矢形側から枝分かれした支流の川に沿って八町歩いたところだと教えた。二人は礼を言い船賃を払って降りた。

船頭に言われたとおりに歩いていくと、大きな畑の中にぽつんと家があった。「ごめんください」と玄関へ入っていくと、ひょいと二十歳くらいの男が顔を出した。

「クラさんから教えてもらいました。豆腐をください」

とお滝はくらから預かった茄子を渡した。お桐は自慢の金山寺味噌を渡した。

男はお滝とお桐の顔を見比べると、
「おまんら御船の飯屋の姉妹と?」
とそっくりな顔の二人のことを知っていた。

「あの味噌うまかったと」

金山寺味噌を「豆腐に合うと。うまか」とクラからもらったことがあった。その時にお滝とお桐のことも聞いている。

「それがその味噌です」

と言われて男は「おお!」と喜びの声を上げた。
「ばあちゃん!」
と奥へ向かって叫ぶと、クラと同じくらいの年の老女が出てきた。
「瓜二つだあ。ふたごと?」
「ばあちゃん、御船の飯屋の姉妹と」

男は茄子と味噌をタケに見せた。
「豆腐いくつ欲しいと?」
「ひとつ」
「今から絞るとこと。しばらく待ってな」
と奥へ戻ろうとするタケにお滝が豆腐の作り方を教えてほしいと頼むと、
タケは快く「見てけ」と二人をくりやへ招き入れた。

豆腐の作り方はこうだ。
生の大豆を石臼で挽く。
挽いた粉を釜で炊く。
炊いたものを袋へ入れて絞る。
絞った汁をまた炊く。
にがりを入れて固まったら出来上がり。

竈には生の大豆粉を炊いた釜があった。
「熱いうちに絞った方がおいしゅうなる。コウゾ!」
さっきの男が厨へ入って来た。この男はタケの孫のコウゾと言う。
コウゾはてきぱきと大きな布袋を樽へ取り付けた。そこへ柄杓を使って炊いた大豆を入れていく。湯気が出るほど熱い汁だがコウゾは手を止めることなく入れていく。

入れ終ると袋の口を紐で縛り、桶の上に割いた竹を紐でつないだものを置き、その上に大豆の袋を置いた。桶より一回り小さい板を置き押さえると、袋からじゅわっと白い液体が流れ出てくる。大豆を絞った豆乳である。豆乳が桶の中へ溜まっていく。コウゾは全体重をかけて何度も板を押して、汁が出てこなくなるまで続けた。

「子どもの頃は板の上に立って絞っとっと」

と説明するコウゾの笑顔にお滝はどきっとした。マサに似ているのだ。

絞り終ると、タケは桶に溜まった豆乳をもう一度釜で炊いた。木べらでかき回しつつ薪を減らしたり増やしたり息を吹き込んだりと忙しく、でも丁寧に火加減を調節していく。

ふつふつと炊ける豆乳から甘い香りが漂う中、タケは敏感に焦げかけた香ばしい香りを嗅ぎつけると即座に火を消した。焦げる一歩手前まで炊いた豆乳を樽へ入れ、にがりを入れて数回混ぜた。

にがりは海水を煮詰めて濾した液体で。塩を釜で炊いているところでもらえる。
「あした行くからおまんらの分ももらってきてやる」
コウゾは緑川の下流の浜辺でもらってくるそうだ。

しばらく話していると「もう固まっと」とタケが柄杓で豆腐をすくった。ぷるんと揺れる柔らかな豆腐を布にくるみお滝に渡した。

お滝とお桐は銭を払い、礼を言って厨を出た。


次の日、昼過ぎにコウゾがにがりを持ってきた。握り飯を食べて帰っていった。二日後にまたコウゾが来た。
「豆腐はうまく作れたかと?」

今朝お滝とお桐は買ったばかりの石臼で大豆を挽いて炊き、布で濾してまた炊いてにがりを入れた。タケのところではあっという間に固まったが、一刻を過ぎてもまだ固まらない。

「豆乳を少し冷ますと。熱すぎると固まらん」

コウゾに手取り足取り教えてもらい、もう一度豆腐を作り直した。そうしたところにがりを入れたあとすぐに固まった。

しばらく教えに来てやると言ってコウゾは帰っていった。

「コウゾってマサに似てるよね」

お桐の素朴な感想にお滝は「どこが?」と大きく反応した。

「笑った顔とか人懐っこいとことか、似てるよね」

それはお滝も思っていたことだ。年もマサと同じ。コウゾにマサを思い出さずにはいられない。しかしお滝は、
「似てないよ」
と突っぱねた。マサに比べるとコウゾははにかみ屋で口数が多くない。マサは絶えず冗談を言って笑わせたが、コウゾはマサのように軽口を叩かない。マサとは違うところをあれもこれもと考えるお滝は(全然似てない)と自分に言い聞かせたのだった。

つづく


前話

お滝とお桐の物語はここから

第一話(お千代の物語)

お千代を離れた肥後編はここから

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