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21-1 梅すだれ 肥後の国

 話し終わった与兵衛は空か海かはたまた原城を見通すように前を向いている。直忠は胡坐をかかずに右膝を立てた体勢でいつもの木の下に座った。右手は腰にさした刀のつばを触っている。与兵衛が鬼に化けて襲い掛かってきても切れるようにだ。

 源蔵の報告が終わったら与兵衛の処遇はどうなるのだろうか。解放か打ち首か。縄をほどいたら村を襲うのだろうか?打ち首にしたら今度こそ見目恐ろしい鬼の姿になるのだろうか?どちらも直忠には恐ろしい結果しか思いつかない。緊張で刀の柄を握る手のひらが汗ばむ直忠に与兵衛が話しかけた。

「お柿は元気と?太郎は?」
「おまえの家族とか?」
「二人は元気にしとると?」

 「知らん」と答える直忠に与兵衛は「いつ会えると?どこにおると?」と問い続けたが「知らん」としか言わない直忠に与兵衛は気づいた。源蔵の口車に乗ってしまったのだと。

「お柿はおらんとか?太郎もおらんとか?」

「知らん」の一点張りを通す直忠に与兵衛は目を閉じてがくりと項垂れた。

(死んだとか?)直忠は呼吸を確認しようと与兵衛の胸を見入った。動いているようには見えない。鬼に変化しようとしているのかもしれんと柄を握る手に力が入った。今か今かと待つこと一刻は過ぎたが俯いた与兵衛は動かないままだ。

(死んだとか?)直忠は恐る恐る立ち上がると柄は握ったまま与兵衛のそばでしゃがんだ。鼻の下に左手をかざして息を確認するとやはりしていない。鬼になるかもなどと馬鹿げたことを考えた自分がおかしく思えて口元に笑みがこぼれた。死んでくれてよかったと恐怖から解かれた直忠は胸をなでおろし元の木の下でいつものように胡坐をかいて座り込んだ。

 夕暮れになって交代の源蔵が来た。
「死んだとか?」
 直忠と同じようにびくつきながら与兵衛の息を確認した源蔵であったが死んでいるとわかってもまだ直忠のようには安心できなかった。雲ひとつない空だから今夜も月が出る。生き返るかもしれんと体が強張ってしまうのだ。さっさと埋めてしまいたいが藩のご沙汰を待たねばならない。直忠が今夜中に与兵衛の死亡を藩へ知らせたとしても明日の朝までは与兵衛とここにいることになる。何も起こらねばいいがと懸念する源蔵の胸の内を知ってか月は躊躇うように遅く出て来た。満月と見間違うほどに丸い十六夜の月が与兵衛を照らしているから動いたらすぐにわかる。しかし目を離さないようにしていても眠気でうつらうつらしてしまう。そのたびに与兵衛に異常がないか食い入るように見るのだが与兵衛が動くことはなかった。

つづく


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