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山のふもとの村でありながらタカベの兄カブトは海に憧れた。子どもの頃から村のみんながしている山を中心にした農作業の手伝いを嫌がり、浦賀の港へ下りていって荷物の積み下ろしを手伝ったり船の修繕を手伝ったりしていた。
宿屋へ墨絵を観に行けなくなったお滝は、次の日の朝、渋々と寺小屋へ向かった。背中にタカベの視線を背負いながら。いつもは「行ってくる」と朝飯を食べたらすぐに出かけるタカベであったが、この朝はお滝とお桐が寺小屋へ行くのを見送ってから仕事へ行った。
翌朝はげん爺の言った通りに隣の家から粥をもらった。隣りの一家は十五年前に近江から越してきたそうで、外から来たタカベたちに好意的だった。
おふみは店の前の坂ではなくて、店の裏の畑の横にある坂を上った。紀ノ川と雑賀川に挟まれたこのあたりには村が八つある。これをまとめて雑賀荘という。げん爺は雑賀壮の西の端にあるこの村の頭をしている。
店には数人食べている客がいた。ハモは慣れた動きで座敷へ上がると、 「めしやめしや!この子たちにも腹いっぱい食わせたってくれ」 と叫んだ。その声に呼ばれておひでと呼ばれる女が茶を持って来た。そして「見かけへん顔やなあ」とタカベ親子を眺めまわした。
滝は相模の国の生まれである。生まれてすぐに母親が亡くなり、母の妹であるお網とその夫、タカベに引き取られた。お網はちょうど妊娠中でほどなくしてお桐を産み、滝と桐は姉妹同然に育てられた。
「きれいに拭いてから埋めてやらんと」 と言う婆ちゃんに、 「坊ちゃんを埋めることなんてできんと」 とお菊は抱いたまま坊ちゃんを放そうとしない。