お作法
ゲイの世界は広いようで狭い。
はじめてゲイの出会いアプリを開くと、誰しも男の数に圧倒されるものである。
世の中にはこんなにゲイがいるのか、と驚くのである。
では"広いようで狭い"なんてことはないんじゃないだろうか。
そこがトリッキーなのである。
良く観察すると同じ面々が永久に出会いを探し続けていることに気づくだろう。
毎日見ても同じ面々。
気がつくと知らず知らずの間にそれぞれの男のプロフィールを覚えてしまう始末。
俺はあの日二丁目にいた。
思い出すと恥ずかしいのだが、俺はナンパ待ちをしていた。
勇気もない割には大胆にもクラブに繰り出した。
クラブは音楽がうるさいのでちょうどいい。
喋る必要がないので俺の内面の陰鬱具合を知られることも防げるからだ。
クラブでフラフラと一人酒を飲んで回遊していたところだった。
肩を叩かれた。
✕△◯※■!
案の定うるさくて聞き取れない。
振り向くとそこには中肉中背の男が。
この男にナンパか、今日は潮時かな、などと失礼な思いがよぎる。
■◯※✕△!
え?
俺が聞き返す。
だから!あの子がアンタのことカワイイって!
男が大声で叫ぶ。
男が指差した方向にはイイ男が…
自分で声をかけられないから友達に言わせるなんてまるで小学生の女子みたいな世界だ。
俺に声をかけてきた中肉中背の男の方はクスクスとまさに小学生女子のような笑いを浮かべながらさっと身を引き、俺をそのイイ男の方へといざなった。
近くで見るとその男は…..どっかで見たことがある……
彼はイイ男ではあったが、どっかで見た気がする、というところが気になってしょうがなくなった。
どこだっけ…
彼の顔が俺の顔に急接近する。
クラブではこのぐらいの距離感じゃないと話せないよな、と思いながらも俺はその間の詰め方に多少たじろいだ。自分で声をかけなかった癖に積極的だ。
彼が言った。
前アプリで話しましたよね?やっと本物に会えました笑
そうだ。ソレだ。
俺は彼と以前アプリで話していたのだ。
二言三言しょうもない中身のないやり取りをした後、結構な勢いで彼が色々と詰めてきたので、ちょっと怖くなってメッセージをやめてしまった覚えがあった。そして比較的近所に住んでいたこともあり数週間後気まずくなってそっとブロックまでした覚えすらある。
俺のこと覚えてます?
彼がさらに俺に問いかける。
う、う、、、う、そうでしたっけ?
メッセージをやめた側、ブロックまでした側としてなんとも返答しがたい。
なんか、似た人とアプリで話した気もしなくもないんですが、アプリ最近やってなくて、、、
俺は煮えきらない回答で逃げようとする。
彼が続ける。
そうなんですね!突然いなくなったんで何かあったかと思いました!
いや、俺のことめっちゃ覚えてるやん….てかブロックしたの間接的にバレとるやん….内心ゾッとしながらも必死に平静を保つ。
あ、あ、あ、そうかもしれないですね笑
アプリも不調で最近はいきなり対面で出会いとか探す感じに変えてみたんです….
嘘と本当を絶妙に混ぜ込んだしょうもない嘘でごまかそうとする俺。
結局のところ、ゲイが数多いるように見えてもその絶対数は男女の出会いなとと比べたら何十分の一にしか過ぎない。
アプリで話した相手が二丁目にいる、なんて当たり前のように発生する出来事だ。
俺はアプリで話した相手と現実世界で会ってしまった時、どう対処すればよいのか良くわからない。
俺は毎回アホのフリをして誤魔化している。
女子がライン壊れたとかスマホのデータが飛んだなどと言い訳をして男をいなす気持ちが良く分かる。
俺もアプリで以前会話をしたものの、うまくいかなかった相手に何回か現実世界で偶然出会ったことがあるが、その機会の全てでアホ戦法を用いた。
覚えてない、記憶が飛んだ、アプリが死んだ、人違いじゃないだろうか、、、、、
我ながら情けないししょうもない。
根っからの陽キャであれば、アプリで話していようといまいと、過去に気まずくなっていようといまいと、誰であろうと楽しく仲良くできるのかも知れないが、俺には無理だ。未だに俺は"お作法"が良くわかっていないのだ。
話は二丁目のクラブに戻る。
結局のところ俺は彼と連絡先を交換した。
距離の詰め方は相変わらず気になったが、対面で会ってみると思ったほどにはヤバイ人物でもなかった。
俺のアホ戦法の嘘はバレていたような気もするが、それを受け入れてくれたというところも彼の優しさだったのかもしれない。
連絡先を交換したはいいが、俺が遠くに引っ越してしまったこともありそれ以後彼とは連絡を取っていない。
また二丁目で出会ったらよろしく!と適当な結びで締めたいと思う。
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