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【読んで学べる神社の話】第1話|もし心がつらい日は、癒しの杜へ行きましょう

➤このお話で学べること

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手水の作法はどうやるの?
御守りの選び方はどうすればいいの?


     ★☆★

今日は、とにかく散々な一日。

朝、家を出るときからろくなことがなくて、嫌な予感はしていた。

家族とのことも、友達とのことも、勉強のことも、秘密の恋のことも。いろんな物事の歯車が、ことごとく外れているみたいな日。

ちっともおもしろくないけれど、笑いたくなるくらい、何もかもうまくいかなかった。

放課後も、今日は誰とも一緒に過ごす気にはなれなくて。寄り道をするという友達に「用事がある」と嘘をついて、さっさと帰ろうと思っていた。

こんな日は、どこまでいってもよくないことの連鎖が続いているような気がして、怖くなる。

昔から臆病な私。高校1年生になったはいいけど、ちっとも思うように成長できていない自分に嫌気がさしてくる。

次から次へと浮かんでくる不安も、自分を呪いたくなるような感情も、どう処理すればいいのかわからないくせに、ぐるぐると頭を回り続けるので苦しかった。

歩いているうちに、家に帰ることすら気が重くなってくる。

誰もいないところへ、逃げ込んでしまいたいような気持ちになって……。

そんなタイミングで、ふいに「戸或神社」と刻まれた石の柱と、そびえ立つ鳥居の向こうに緑の杜が見えてくる。

登下校の道すがらにあるのに、今まではさほど気に留めていなかったけれど、その日はやけに目について。気がつけば、その鳥居をくぐり抜けていた。

――私の不思議な出会いは、ここから始まる。


     ★☆★

そっか。手……を洗うんだったっけ?

足早に真っ直ぐ奥まで進みそうになってから、参道の途中にあった手水舎に気がついて、慌てて少し引き返す。

散々な日に、もし神様にまで嫌われてしまったら、もっと嫌なことが起きるかもしれない。勝手にそんなことを思ってしまい、少しドキドキ。

柄杓を手に取って水をすくい、数秒考える。

どうやって手を洗えばいいのか、なかなか思い出せない。なにか、手順があった気がするんだけど。

数年前に亡くなってしまったおばあちゃんに、幼い頃はよく神社に連れていってもらっていたのに。久しぶりに来てみて、そのときに教えてもらったことが思い出せないのは淋しかった。

ふと見上げると、イラスト付きの「手水の手順」という看板があって、ホッとする。

「えっと……」

①右手で柄杓を取り、水を手水鉢から1杯すくう。
②右手で持った柄杓から、左手に少し水をかける。
③左手に柄杓を持ち替え、右手に少し水をかける。
④また右手に柄杓を持って、左手を器に水を注ぐ。

「あっ、口もなのか!」

⑤左手から水を口に含んで吐き出し、口を清める。
⑥右手の柄杓から、使った左手に少し水をかける。
⑦最後に残った水を柄杓の柄の方に流し、清める。

「よし……これで大丈夫かな」

看板を目で追いつつ、我ながらなんともぎこちない様子で、やっと手水を済ませた。


     ★☆★

平日の夕方だからか、境内に人は少ない。

いくつか並べられているベンチのひとつに、ぼーっと座っているおばあさんと、遠くにある小さい祠のようなものの前に立つ男性と、それから私。

社務所の中には、手元に目を伏せて何か作業をしているらしい、巫女さんがひとり。

奥の社殿の前まで来てみて、小さ過ぎもせず大き過ぎもしない、絶妙な広さの神社だなと感じた。

何より、境内全体が立派な木々に守られるように包み込まれていて、呼吸がしやすいような安心感がある。

あたりは静かで、それだけに風に揺れる木々の葉音が耳に残った。

ちょうどお社の前には、誰もいない。

その前に立ってみて、頭上につけられている大きな鈴からさがっている紐を揺する。

ガランガラン、と思いのほか大きな音が鳴り、心臓が飛び跳ねた。気の弱すぎる私は、うるさかったかな、とついつい周りをこっそり盗み見る。

幸いなことに、こちらを気にしている人はいないみたいだ。

気を取り直して、2度頭を下げ、2回遠慮がちに手を叩く。

手を合わせてみてから、神様に向かって何を言えばいいのか全く考えていなかったことに気がついた。

そのまましばらく思案して、「いいことがありますように」とだけ念じてみる。最後に1回、頭を下げておしまい。

私は改めて、目の前の社殿をまじまじと見上げた。

こんなにゆったりした気持ちで、この前に立ったことって、あったっけ……?

幼い頃は大人に連れられるままに来ていたし、初詣のときはいつも行列ができていて、短く拝んですぐ順番を譲っていたっけ。

失礼かもしれないけれど、素朴でなんの変哲もない建物なのに、それが神様の居る場所となると、どうしてこんなに特別な空間に思えるんだろう。

不思議なことに、さっきまでのトゲトゲしていた気持ちが、少し穏やかになっているのを感じた。


     ★☆★

ふと振り向くと、社務所の窓の向こうから、こちらを見ている巫女さんとばっちり目が合った。

その瞬間にニコッと微笑まれて、つい逸らしかけた視線をそのままに、私もつられてへらっと笑う。

なんて素敵な笑顔で笑うんだ、あの巫女のお姉さんは……。

男でもないのにどぎまぎしながら、よく見ると、巫女さんの前に御守りが並べられている。

窓のところには手作りらしき看板があって、達筆な筆文字で「授与所」と書いてある。御守りや御札などを、授与するところ、という意味だろうか。

御守りかぁ……、しばらく持っていなかったかもしれない。

どんなものがあるんだろう? 気になって、見てみたくなる。

それから、巫女さんのかもし出す不思議な魅力で、引力が働いているみたいにそちらに足を向けてしまった。

おずおずと近づいていく私に、巫女さんは気さくに「こんにちは」と声をかけてくれた。

私の方からは「こんにちは……」と、情けない蚊の鳴くような声。慌ててお辞儀も付け加える。

巫女さんの手元の台に綺麗に並べられた御守りは、意外と色とりどりのものがあって、可愛かった。種類も結構ある。

「肌守」「病気平癒守」「安産守」「仕事守」「縁結び守」……。目で順に追いかけながら、みんな、いろんなお願い事をしているんだなぁと、しみじみ思う。

こういう御守りを持って、誰もが神様に勇気をもらうんだろうか。

御守り、欲しいなぁ……と思った。自分で心からそう思うのは、初めてかもしれない。

私も、勇気が欲しい。気弱な自分、うまくいかないことの多い自分の、毎日を変えていきたい。

もし、この御守りを持っていて、神様がいつも一緒にいてくれるというなら、こんなに心強いことってないよね。

「御守り、迷ってますね」

その時、やわらかな声が降ってきて、私はハッと巫女さんを見上げた。

「あ、はい……。どれがいいか、よくわからなくて」

「ご自分にですか? 贈り物?」

「えと、自分です……一応」

照れくさくなった私を気にした風もなく、巫女さんはうんうんと頷くと、流れるように話し出す。

「お願い事がどんな内容かによって決めたり、純粋に見ていて幸せな気持ちになれるようなものがあれば、その直感で選んだりしていいんですよ」

「直感かぁ……」

そう言いながら、ふと、ひとつの御守りの上で視線が止まった。

「心願成就守。これって、お願い事が叶いますようにっていう意味の御守りですか?」

巫女さんに訊ねると、表情がキラッと光ったようになって、彼女は楽しそうにまたひとつ頷いてみせる。

「ふふ、そうです。心の中にあるお願い事が叶う御守りって、なんだか万能な感じがしちゃいますよね」

うん、そうそう。確かにそんな感じがする。

御守りをまじまじと見つめて、私も大きく縦に首を振る。

「実はね、私もいつもこの御守り持ってるんです」

口元に手をやりながら、こっそりと秘密を打ち明けるように教えてくれる。

そのお茶目な表情に驚きながらも、私も思わず笑ってしまった。

巫女さんとお揃い……それはなんだか、最強な気がする!

「あはは、これにします。これをください」

「はい、600円の御初穂料です」

私が鞄から財布を出して、巫女さんが御守りを包んでくれているとき、後ろから「紫緒ちゃん、お疲れさま。また来るからねー」という声。

振り向くと、さっきベンチに腰かけていたおばあさんが、ゆったりした足取りで帰っていくところだった。

「はぁい、ようこそお詣りでした。気を付けてお帰りくださいね!」

巫女さんも、明るく返事をする。

夕暮れ時のその光景を見ながら、なんだかいいなぁと思った。

この神社は、きっといろんな人の心の拠り所とか、憩いの場になっているに違いない。

そして、この素敵な巫女さんがいるから、そう思う人も多いのだろう。

たぶん神様からも、大事にされているんだろうな……。そんな気がする。

さっき「しおちゃん」って呼ばれていたなぁと、思い返してついついインプット。

「はい、どうぞ」

袋に入った御守りを差し出してくれるやさしい笑顔を見上げて、私は今日で一番元気な声を出してみる。

「あのっ、私の名前……紬(つむぎ)って言います。今日、はじめて来たんですけど……また来ます!」

勢いのままにそう言ってから、さすがに顔が赤くなるのを感じた。

普通そんなこと、わざわざ宣言しないよね……!

一瞬、面食らった顔をした巫女の紫緒さんだったけど、すぐに笑って頷いてくれる。

「はい、ぜひ。きっと神様も、お待ちしてますよ」

その瞬間、心の中にやわらかな風が吹いた気がした。

不思議だ。「いいことがありますように」というお願いが、もう叶ったような気がするもの。

なんだか、爽やかな気持ちに塗り替えられた心を感じる。そんな私は、単純なんだろうか。

でも……運命はもしかすると、ちょっとしたことからでも、変えていけるのかもしれない。

手元に来てくれた御守りが、かすかに温かいように思えて。

私はドキドキしながら、それをギュッと胸に抱いてみた。


To Be Continue...



➤紫緒さんのおさらい

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このコーナーでは、物語の中で登場した神社にまつわる知識を、私と一緒におさらいしていきましょう!


★Point 1【手水の作法】

①右手で柄杓を取り、水を手水鉢から1杯すくう。
②右手で持った柄杓から、左手に少し水をかける。
③左手に柄杓を持ち替え、右手に少し水をかける。
④また右手に柄杓を持って、左手を器に水を注ぐ。

⑤左手から水を口に含んで吐き出し、口を清める。
⑥右手の柄杓から、使った左手に少し水をかける。
⑦最後に残った水を柄杓の柄の方に流し、清める。

こうやって書くと、少しややこしく感じてしまうかもしれませんね。

でも、要は「左手→右手→口→左手→柄杓」の順で、清めていけば良いということなんです。

それらを1杯の水で完結させることと、手順に沿った流れで行うことで、美しい所作で禊ぎ(みそぎ=心身の穢れを清めること)を行うことができます。

繰り返してゆくほど、スムーズにできるようになりますから、ぜひたくさん神社に足を運んで、「お詣り美人」を目指してみてくださいね。


★Point 2【御守りの選び方】

神社で御守りを選ぼうと思うと、たくさんの種類があって迷ってしまうこと、ありますよね!

そんなときは、こんな選び方をしてみてはいかがでしょうか?

①お願い事から、御守りに込められた御神徳で選ぶ

「縁結び」「商売繁盛」「病気平癒」「安産祈願」「厄除」など。

御守りには、特定のお願い事に特化したものも多いです。

「特に今、このことに関して、神様の御力をお借りしたい!」という想いがある場合は、こういったものを選んでいただくと心強いですよね。

このような「御神徳」に特化した御守りは、大切な方に相応しいものを贈ることで相手の幸福を祈り、応援することもできます。

②自分の直感を大切に、特に気に入ったものを選ぶ

どんなに素晴らしい御守りを持っていたとしても、最終的にはそれをご本人が大事に持っていることが重要です。

いつだって、肌身離さず持つためのものが「御守り」ですから、きちんと愛着を感じ、眺めているだけでも幸せな気持ちになれるようなものを選びたいものです。

御守りとの出会いも、神様からいただく「ご縁」のひとつ。

あなたの直感でピンとくるものがあれば、ぜひ、その気持ちを尊重してみてくださいね!


それでは皆様も、素敵な神様とのひとときを……。


※この物語はフィクションです。
実在の神社様や人物とは一切関係ありません。


➤Story Link『とある神社ものがたり』

予 告|紺野うみの「まえがき」と「ごあいさつ」
第1話|もし心がつらい日は、癒しの杜へ行きましょう
第2話|お祀りされている神様の、素敵な個性を知りましょう
第3話|悩んだときこそおみくじで、そっと神様に訊きましょう
第4話|comming soon...

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