戯曲『生業』
舞台中央にテーブル、向かい合わせにイス2脚。
妻と夫が上手からくる。
妻「あー、疲れた、足やばい」
夫「……」
妻「でも智子ほんときれいだったよね」
夫「ああ、うん」
妻「なんで結婚式ってあんな泣けるんだろ」
夫「あのさあ」
妻「え?」
夫「ちょっと、話あるんだけど」
妻「え、明日じゃだめ? もう足パンパンで」
夫「お願い」
妻「まあ、いいけど、お風呂入れとくね」
妻、下手にはける。椅子に座る夫。
妻、戻ってきて、
妻「なんか飲む?」
夫「いや、いい」
妻「なに、なんか怖いんだけど」
夫「うん」
妻「なんかあったの(椅子に座る)」
夫「あのさあ、智子さんのお父さんと話したでしょ」
妻「うん、スピーチよかったよね」
夫「俺の仕事のこと、なんて紹介した?」
妻「え?」
夫「俺の仕事、なんてお父さんに説明した?」
妻「えー、ふつうに」
夫「俺、お父さんに焼肉屋なんでしょって聞かれたんだけど」
妻「あー、細かくいってもわかんないじゃない。うちの親もわかんなかったし」
夫「場所どこって聞かれた」
妻「ごめんごめん、それで怒ってたの?」
夫「いや、違くて」
妻「え、じゃあなに」
夫「俺さあ、焼肉マイスターじゃない」
妻「うん、そうだね」
夫「それをさあ、優子、恥じてるんじゃない?」
妻「え?」
夫「夫が焼肉マイスターだってこと、恥ずかしいんじゃない?」
妻「何言ってるの?」
夫「堂々とさ、言えばいいじゃない。夫は焼肉マイスターですって」
妻「だからそれは、ね。あの年代だとわかんないの」
夫「ちょっと説明すればわかるよ」
妻「なんて?」
夫「だから、焼肉のおいしい食べ方とかお店を紹介する仕事ですって」
妻「どうだろ、通じるかなあ」
夫「そのあとのリアクションが怖いんじゃない?」
妻「どういうこと?」
夫「そんな仕事で稼いでるのっていう目線」
妻「ちょっと悟どうした? そんなふうに私考えてると思ってるの?」
夫「わかんないけど、それを避けてマイスターですって言わないんじゃないの」
妻「そんなわけないでしょ。自分の仕事に自信もってよ」
夫「……」
妻「理解してない人はいるかもしれないよ、親戚のおじさんとかそうだったじゃない、そんなんで稼げるのかって古い頭の」
夫「うん」
妻「でも、悟がんばって成功したじゃん。たくさん焼肉焼いて、食べて、焼肉コンシェルジュの資格取って、3食焼肉だった日も少なくないでしょ」
夫「それがそれが、そういわれるとさ」
妻「え?」
夫「そう人から聞くと、その努力、バカみたいじゃない?」
妻「何いってんの?」
夫「だって肉焼いて食ってるだけだよ」
妻「レビューもしてる!」
夫「ちょろっと書いてるだけだよ」
妻「なんでそんな自分の仕事卑下するの? 稼ぎだってサラリーマンのときよりあるんだし」
夫「……この間仕事で地元の近くいったときさ、うちの家族がよく行ってた焼肉屋があるんだけど、つぶれてたんだよ」
妻「ああ」
夫「正直そこまでおいしいかと言われるとあれだけど、安くて家族連れがよく来る店で、その店でサンチュに肉を挟んで食べるってはじめて知った店で」
妻「思い出のある店だったんだ」
夫「うん、コロナでやっぱいろんな店つぶれていってるのを見てるからあれだけど、けっこう応えた。でも、一方でつぶれてない店、人気店もあるわけだよね」
妻「それはまあね」
夫「それをさあ、推し進めてるのが、俺たちマイスターなんだよ。うまい店を取り上げて、そうでもない店は無視する」
妻「それはだってしょうがないでしょう」
夫「でも、そうでもない店だっておいしいものを届けたいのにつぶれて、焼いて食ってコメントするだけの人間が生き残るっておかしくないか?」
妻「そういうもんでしょ」
夫「マイスターは人を不幸にしてるんだよ」
妻「いや、おいしいもの食べたいって人の期待に応えてるでしょ」
夫「結果、人の意見に従う人間を増やしてるだけで」
妻「おいしいとこ知ってるんだから、従っていいでしょ」
夫「いや、でもこんな仕事間違ってるんじゃ」
妻「(立ち上がり)間違ってるよ!」
夫「……え?」
妻「そんな甘い考えならもう言う。間違ってるし、恥ずかしい」
夫「恥ずかしいの?」
妻「うん。だから社交辞令のときは焼肉屋っていう、私は」
夫「それならこの仕事、もう」
妻「辞めんなよ、稼げるんだから」
夫「いやだって、恥ずかしいんでしょ」
妻「恥ずかしいよ! 焼いて食ってちょろっと喋るだけで」
夫「レビューもしてる!」
妻「どっかで聞いたようなことでしょ。逆によく今まで恥ずかしがらずにいられたね」
夫「そこまでじゃ」
妻「いいや恥ずかしい。なろうとしてる時点で恥ずかしいんだから」
夫「(立ち上がり)ちょ、ちょっと待って、職業差別、じゃない」
妻「え?」
夫「まちがってる、恥ずかしいって。よく人の仕事そこまで」
妻「いや、差別なんかしてないよ。ただ」
夫「完全否定だよね」
妻「そこまでじゃないよ、稼げるし」
夫「それしか価値ないの?」
妻「自分だって、肉焼いて食ってるだけって」
夫「自信なくなるときはあるよ」
妻「そうきますか」
夫「ずっとそう思ってたんだね」
妻「でも、たとえばほら、芸能レポーターですって堂々と言われたら、いやゴシップばっか漁ってとちょっと思うでしょ」
夫「何の話?」
妻「一回一回。ちゃんとした仕事もあるんだろうけど、基本そんなね、胸をはる仕事は多くないと思うの」
夫「まあ」
妻「それと同じっていうか」
夫「……肉ばっか漁って?」
妻「……」
夫「自分がかわいそう。俺、そんな風に思われてたんだ」
妻「いや、仕事なんてなんでもいいじゃない」
夫「あーまー、たしかにね。何て仕事だっけ」
妻「え?」
夫「仕事」
妻「知ってるでしょ」
夫「いいから。名前、言ってよ」
妻「ライフスタイルコーディネーター」
夫「いる? 社会に」
妻「いるわ!」
夫「怪しいよね~」
妻「え? 需要あるからね、人のライフステージに応じて」
夫「え、え、ライフステージに応じて、もしかしてライフスタイルを提案していらっしゃる?」
妻「ええ、それがなにか?」
夫「要は詐欺師でしょ」
妻、夫につかみかかる。
夫「ふつうもっと照れない?」
妻「肉食ってるだけだろ」
夫「おいしくしてんだよ!」
妻「わたしだってよくしてるよ!」
風呂がわいた音声が流れる。
妻「一回冷静なろう、一回冷静なろう、ね」
夫「つかんだのそっちでしょ」
妻「(息を整え)職業に上も下もない、OK?」
夫「え?」
妻「いい医者と悪い医者がいる。おいしいラーメン屋とまずいラーメン屋がある。それだけ」
夫「よくも悪くもない医者が大半だと思うけど」
妻「そうね。じゃあ、数少ない良いマイスター、良いコーディネーターを目指そうじゃない。どう?」
夫「なんか、言葉だけっていうか」
妻「でもそうでしょ。肩書よりその人がどうかであって」
夫「若干もやもやするけど」
妻「……ごめんなさい。応援したかったのに、気にしてるとこあんな言って。ごめんね」
夫「まあ、自分も言い過ぎたし、若干誘導した気もするし(苦笑)」
しばし、沈黙。
夫「……今日、お風呂一緒入る?」
妻「ちょっと、恥ずかしい(腕をくんで下手にはける)」
(了)
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