結婚の重すぎる積み荷を降ろす試み
西炯子先生の『姉の結婚』というマンガに、次のようなセリフがあります。
上記は離婚したいと悩む登場人物のセリフですが、一方で現代の結婚の姿を表していると思います。
つまり、結婚には「お金」「子ども」「容姿」「恋愛感情」「家族関係」などなど多くのものが詰め込まれていて、不可分である。それらは単体では契約もできないし解約もできない。
結婚相手を探すにあたっては、上記のようなクリアしなければならない点がたくさんあると思いがちです。故に「この人はここが良くてもここがな…」「これさえなければ良いのに…」となかなか納得できる相手に巡り合わない。本当に気が滅入りそうです。
でも、結婚って本当にこんなに重苦しくて、考慮しなければいけない点がたくさんあるものだったのでしょうか?
実は、このうちの少なくともいくつかは昔から「当たり前」ではなかったものなのです。
今回は様々な資料に触れながら、この結婚において「当たり前」と考えられている要素が、実は昔から「当たり前」ではなかったことを紹介していこうと思います。そして、結婚という営みに積まれた様々な要素について、少しだけ「この積み荷は降ろしても良いかな」と考る手助けになることを目指します。
結婚において恋愛は必要か
早速ですが「結婚において恋愛は必須ではない」という考え方から紹介していこうと思います。現代ではなかなか刺激的な内容ですよね。
「ロマンティックラブ・イデオロギー」という単語を聞いたことがあるでしょうか?Googleで検索すると以下のように出てきます。
上記の検索結果はこちらの記事の一部のようなのですが、残念ながら有料部分のため詳しい内容にはアクセスできませんでした。ですが、以下のnote
で「ロマンティックラブ・イデオロギー」とは何か詳しく&簡単に読むことができます。
上記の記事を引用しながら簡単にまとめると、ロマンティックラブ・イデオロギーとは「恋愛すること、結婚すること、出産すること」をセットとして考えてそれを「当たり前」と考える風潮のことです。イデオロギーなので、人類史の中では実は普遍的に見られる現象ではなく、「19世紀以降、欧米社会で広がり、20世紀に開花した」風潮であります。
実は、日本でも割と近年まで恋愛結婚は当たり前ではありませんでした。
たとえば『この世界の片隅に』では、主人公のすずは(ほぼ)初対面の「嫌いかどうかもわからん人」と結婚しています。
また『ピクチャーブライド』という映画では、アメリカに渡った日経移民の男性の妻になるため、写真と履歴書だけで結婚を決め、渡米する女性たちの姿が描かれています。
ところで、これらの恋愛を伴わない結婚をした人たちは不幸せだったのでしょうか?
私は否だと思っています。
かつて筆者は大学院の研究で日韓の国際結婚家庭に多数インタビューをしたことがあります。そして、偶然なのですがその中にはある宗教を信仰する人が何組か含まれていました。その宗教では教団が決めた相手と結婚式場で初めて出会い、その場で結婚するという形態の結婚が行われているのですが…
宗教のあり方への賛否は別として、そうしてできた家族に愛がなかったかというとそうではありません。少なくとも私が取材した家族は、夫婦・親子共に愛し合っていました。
『この世界の片隅に』でも最終的にすずは夫を愛し、生活に幸せを感じています。アメリカの日系人社会も家庭に愛がなければ発展しなかったでしょう。
恋愛を伴わない結婚という概念は今日では受け入れ難いかもしれません。また、「好きでもない人と結婚しましょう」というのが本論の目的ではありません。
ただ、ここでは「幸せな結婚生活に燃え上がるような恋愛感情は実は必須ではない」ということだけ心の片隅に留めておいていただければと思います。
そうすれば、目の前の方が「良い方なのだけどときめかない」という時に考えるヒントが生まれます。
では、一体なぜ結婚するの?
でも、結婚と恋愛が自明の結びつきではないとしたら結婚は何のためにするのでしょうか?そもそも、結婚とは一体どのような営みで、そこに欠かせない要素な何なのでしょうか?私は文化人類学にそのヒントがあると思っています。
フランスの文化人類学者、レヴィ・ストロースは世界中の様々な民族の家族関係を調査して、全ての家族形態に共通する慣習を一つ見出しました。
それはすなわち「近親相姦の禁止」です。
https://anthro.zool.kyoto-u.ac.jp/evo_anth/evo_anth/symp0104/deguchi.html
人間が種として存続していくためには子孫を残さないといけません。
ただし、血縁的に近い人間だけで子孫を残そうとすると繁殖力の低下を招いてしまいます。なので、世界中の多くの文明では近親相姦を禁止して、遺伝的に遠い人と遺伝子の交配を行うようになりました。
ここで遺伝的に遠い人、すなわち異なるファミリー同士の結合が必要になってきます。私はこの営みが「結婚」の始まりだと思っています。
なお、結婚の社会的な効能としては「父親が誰か社会的に確定される」ということがあるそうです。
子どもの母親が誰かは自明ですが、父親は実は自明ではない。ただし、男性と女性が結婚していることによって、「子どもの父親は男性である」と社会的に確定されるそうです。
結婚と「自分たちの」子孫を残すことの結びつきはなかなか根深いものがありそうです。
生殖だって一人でもできる
ところで、科学の進歩と社会の発展はファミリーの結合を伴わないでも生殖を可能にしてしまいました。
まず、女性が経済的に自立することにより(※1)、男性のいないファミリーを作ることが可能になりました。近年では収入のある女性が増え、結婚をせずに「選択的シングルマザー」となる人の例もちらほら見聞きしますよね。
また、現代ではそもそも相手となる男性がいなくても子孫を残せる時代になっています。下記は性的マイノリティの当事者である筆者が、精子バンクで出産したエッセイです。
上記二つは生殖に結婚が必要ない例ですが、その逆もまた然りです。
結婚に必ずしも生殖は必要ではありません。両者は別の営みで、分割できる要素なのです。
もし「子どもが絶対に欲しい。でも結婚したいと思える人がいない」という悩みをあなたが抱えているのでしたら、一度結婚と生殖を分離して考えてみても良いかもしれません。
お金や美しさももちろん必須ではない
ここまでくると「お金」や「美しさ」などがもちろん結婚に必須ではないことも容易に想像できますよね。
男女不平等で女性にとって稼ぐ手段が少なかった時代には、少しでも財力のある男性の家庭に嫁ぐことが女性の人生の明暗を左右しました。ですが、男女平等に近づくにつれ、このような「上昇婚」は女性の生殺与奪を決めるものではなくなってきています。
実際に、男女平等が行き届いた国では「同類婚」を望む傾向が強くなっていることが各種調査で明らかにされています。
美しさもまた然りです。J.P.モルガンCEOが回答したといわれる自称美女へのお金持ちと結婚するためのアドバイスの話も有名ですが、美しさが結婚に必要かという観点では、個人的には「人が美しくなくなって離婚する人はいない」と答えたこちらの離婚カウンセラーさんのポストが好きなので紹介したいと思います。
美しさが失われたことで離婚する人はいない。すなわち、美しさ(男性のカッコ良さも同様)はそれが無くなることで夫婦生活が続けられなくなるほどには結婚生活に欠かせない要素ではないことがわかります。
では、何を重視すれば良いのか
「結婚にあれも必須ではない、これも必須ではないと言って、では結婚には一体何が必要なのだろう?」と思われたかもしれません。
誤解を防ぐためにお伝えしたいのですが、本稿の目的は「お金」「子ども」「容姿」「恋愛感情」「家族関係」など結婚において必要で、一見不可分にできるさまざまな要素が実はバラバラにでき、必須でもないことを伝えることです。
そして、それを知ることで「自分はどこを切り捨てることができるか」について考えることができるようにすることです。
例えば、あなたが「この人、良い人なのに好きになれない…」のように、目の前の相手が「条件Aは満たしていても条件Bは満たしていない」などの状況であったときに、「不可分に見える要素が実は分けられると知ることでその選択肢を増やすことを目的としています。
結婚は生活ですので、どの部分が必須でどの部分が必須ではないかは、ご自身の理想とする結婚生活から考えられるのが一番かと思います。
たとえばとある婚活スクールを運営されている方の、こんな方法がおすすめです。
それでもなかなか思いつかない・言語化が難しい場合、すでに結婚している人の声は一つのヒントになると思います。
たとえば令和4年の男女共同参画白書における、既婚者が答えた「結婚相手に求める・求めたこと」には下記の項目が紹介されています。
「価値観が近い」「一緒にいて楽しい/気を使わない」などは男女ともに多くの人が「結婚において大事」と考えているようですね。逆に「家柄」や「過去の婚姻状況」などは結婚において重要と考えている人が少なそうです。
同種のアンケート・統計はたくさんありますので、ぜひこ自身にとって参考になりそうなものを指標にしてみてください。
まとめ
「婚活」という言葉を作った社会学者の山田昌弘先生は、女性にとって結婚を「生まれ変わり」の機会であると表現しました。でも、結婚ってそんなにも人生の一大イベントである必要はないと思うのです。
「お金」「子ども」「容姿」「恋愛感情」「家族関係」など全てを兼ね備えた相手ではなくても幸せな結婚生活は掴めるはずです。
上記は結婚に不可欠な要素ではなく、いつの間にか結婚と結びつけて考えられてきた要素なのですから。この文があなたの婚活における優先度を考えるヒントになりますように。
※1 話を簡単にするため、ここでは男性=稼ぎ手、女性=ケアの担い手という、近代の父系社会から考察をスタートしました。母系社会や男女平等社会ではもちろん違った方向に社会は変容していきます。