これからもダメ。ずっとダメ。
目の前が真っ暗になった。ヒースロー空港行きの直行便。ブリティッシュエアライン。安いエコノミークラスの席ゆえに、身体はバキバキ。到着まで5時間。時差ボケもあるし、できれば寝たかった。
けど、寝れない。
いい映画かどうかは、見終わった後にわかる。
いつもは煩くて仕方ない脳内が、どこか他人ごとに感じられて、なんでもできるような無敵さが体にみなぎる。
まるで主人公を纏っているかのよう。
決してハイじゃない。冷静なのに熱い。
「勝手にふるえてろ」は、そんな脳内を全く別次元の静寂に浸してくれた。
ネタバレは避けるが、後半のとあるタイミングからのどんでん返しによって、主人公の恐ろしさと愛おしさが極限まで高まる。
そして最後。小説の終わりとは異なり、主人公がぼそっと呟く。
「勝手にふるえてろ」と。
主人公ヨシカは、ある特定の人が持つ、ままならない暴走アイデンティティの極地のような人だ。
私も漏れなくある特定の人であり、
ヨシカ同様、ずっと、
「自分だけがいけない」
「でも認めてほしい」
「大丈夫そう?」
「でもやっぱりだめ」
の繰り返しで、人生をすり潰していた。
この「いけない」「だめ」「大丈夫?」の嵐を、最後、ヨシカは全て受け入れる。
いけない、だめ、のままでいるのだ。
きっと、これからもいけないし、だめだし、大丈夫じゃない。
それでいいとも思っていないけど、だめなままでいる。
全ての業を業のまま業として抱える覚悟。
その発露として
「勝手にふるえてろ」というワンフレーズがあり、
私のいけないことだらけの脳内は、ピシャリと静かになった。
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