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明日で一月も終わりです。

Konitaroです。

明日で一月も終わり、怒濤のような日々でした。
地震から始まった一月、僕の実家は石川県なのでニュースの最中、ドキドキしていました。石川県でも福井よりの地域ですので、まだ地震の被害はマシだったものの、歩いてすぐそばに日本海がある、そんな小さな町ですので津波の心配がありましたが、幸いにも母も弟達も無事で一安心でした。

二月は愛犬紫苑の命日です。虹の橋を渡ってからもう一年、捨てられずにまだ残してあるケージや洋服もそろそろ処分しないといけないかも知れませんね。いつまでも引きずっていては、紫苑も浮かばれないでしょう。

ご長寿犬授賞式にて

今でもまだ亡くなった朝のことは忘れられません。
そして、ちゃんとした飼い主でいてあげられなかったこともまだ後悔として残っています。こんなダメ飼い主のもとで17年も生きてくれたことが何よりも誇らしいな、と思います。
誰からも可愛がられ、犬が苦手な父が初めて抱っこしたのが紫苑でした。

そして三月は父の命日があり、七回忌ですので久しぶりに夫婦揃って実家に帰ります。
僕は父が亡くなった時、そばにいられませんでした。
母からの「今日はお父さんずっと寝てるわ」とメールがあって、その後
息を引き取りました。
脳梗塞で体が不自由になり、それから癌が見つかったものの、体力が低下していて手術ができない、という状況。

もう様子を見るしかない辛い決断の中、何度も実家には帰りましたが、ついに僕が京都に戻った後になくなりました。

入院中、「痩せちゃったね」と手を握ったときに、とても強く握り返されたのは、「まだ大丈夫」という気持ちの表れだったのかも知れません。
お通夜も告別式も想定よりも多くの方が見送りに来てくれたこと、父の人徳ゆえと思いました。

常に優しく、仕事はプロ意識は高く、そんな尊敬できる父でした。
そしても夫婦仲良く、母を大事にしていたことも、僕の今に繋がっているのでしょう。

そして四月は僕が脳梗塞で入院、父のこともありとてつもなく不安の中での入院生活でした。幸い何も後遺症がなかったことは、以前も書きましたが父が守ってくれたのだと思います。

八月は同窓会で実家に帰省、恩師に会えたことに喜びつつも、友人達との感覚の違いになんともいえない気持ちになった一日でした。
言葉ではうまく表現できませんが…とてもモヤモヤしたものが渦巻いた日でもありました。

そのモヤモヤを引きずっていた影響か、仕事に身が入らずに上司とも揉めてしまい、とてつもなく辛かった年末を走り抜け、今に至ります。
上司とも関係を修復し、今は仕事も頑張れています。

そんなこんなで、一月も無事過ごせたことに感謝です。

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