衆議院憲法審査会の「毎週開催」の問題について 【(1)議員任期の延長改憲】

 安倍政権以降、さまざまな憲法違反が繰り返され、日本の法の支配は重大な危機にあります。
 そうした中、昨年から衆院の憲法審査会では「毎週開催」が行われています。しかし、改憲5会派の議論は、事実として、憲法と立憲主義に違反するものになってしまっています
 一方で、こうした事態はマスコミでは殆ど報道されていません。

 国会議員として負う憲法尊重擁護義務(99条)にもとづき、(1)議員任期の延長改憲、(2)9条改憲、(3)オンライン出席容認などの具体的な事例についてご報告をいたします。


1.議員任期の延長改憲について


 自民、維新、公明、国民民主、有志の会の改憲5会派が真っ先に目指しているのが、「衆参議員の任期延長」の改憲です。
 これは、災害、戦争、テロ・内乱、感染症などの際には選挙が長期間できない事態が生じるとして、解散や任期満了で失職した国会議員を復職させるものです。

 衆院憲法審では、昨年12月に任期延長の論点整理が衆院法制局長より説明され、本年3月30日には維新・国民・有志の会が任期延長の条文案を公表。 今国会中の5会派の条文案の作成を目指すとされています。

 しかし、改憲5会派の主張は、日本国憲法における優れた緊急事態条項である「参議院の緊急集会」の機能などを矮小化し、さらに、「戦前の反省から、緊急時につけ込んだ権力の暴走を防ぐ」という「緊急集会の制度の根本趣旨」を全く議論せずに行われており、そのため、憲法と立憲主義に違反するものとなってしまっているのです。

2.参議院の緊急集会の曲解による矮小化


 まず、問題なのは、改憲5会派が「参議院の緊急集会」について、以下のように使い物にならないと曲解し、否定していることです。
① 緊急集会は選挙が実施可能な「平時の制度」であり、災害などの「有事」の際には使えない
② 緊急集会は70日間しか使えず、それ以上は制度の濫用等となる (憲法54条1項の衆院解散から総選挙までの40日、総選挙後の特別国会の召集の30日の間のみ)
③ 緊急集会では予算などの審議・採決ができない

 つまり、改憲5会派の主張は、「災害などの当初の70日間は緊急集会で対応できるが、70日以降は議員任期の延長による衆参両院(国会)で対応する必要がある」というものなのです。
 しかし、こうした主張は、以下のように緊急集会が作られた経緯などから根拠のない主張と言わざるを得ません。

① 緊急集会は憲法制定時に災害などの不測の事態を想定して作られたものであり、「平時の制度」などではあり得ないこと。また、現に、「平時の制度」という理解は「国に緊急の必要があるとき」(54条2項)という条文とも矛盾すること
② 災害などを想定している以上、70日間しか使えないという主張には合理性がなく、憲法制定時にもそのような制限はされていないこと
③ 「国に緊急の必要があるとき」に国会を代替するのが緊急集会であり、予算の採決等が認めるのが憲法学界の通説であり、過去に暫定予算の実績もあること(なお、54条3項により、総選挙後に衆院の同意が必要となっています)
 等々

 こうした、憲法の条文を「改憲目的」のために意図的かつ便宜的に解釈する、すなわち、自分たちに都合の良いように勝手に解釈することは、憲法に違反し、国会議員の憲法尊重擁護義務(99条)に違反し、立憲主義に反すると言わざるを得ないものなのです


3.権力の暴走を防ぐ「緊急集会の根本趣旨」を議論していない


 そして、改憲5会派の議論の最も大きな問題は、なぜ、日本国憲法では緊急事態条項として「参議院の緊急集会」という制度を採用することにしたかの「緊急集会の根本趣旨」をこの間、一切議論していないことです

 実は、参議院の緊急集会は戦前の反省から緊急事態につけ込んだ国家権力の暴走(制度の濫用)を防ぐために設けられた仕組みなのです。  このことを、憲法制定議会で金森徳次郎担当大臣は、以下のように述べています。

「〔帝国憲法の非常大権について〕 民主政治を徹底させて国民の権利を十分擁護致します為には、さような場合の政府一存において行いまする処置は、極力これを防止しなければならぬのであります

 実は、戦前においては、政府の「緊急勅令」により人権を弾圧する治安維持法が改悪され、さらには、「衆議院議員の任期延長」によって総選挙を実施せずに、その間に、国民に無断で太平洋戦争を始めてしまっていたのです。
 こうした反省から、金森大臣は「民主政治を徹底する見地と致しまして、参議院の緊急集会という方法をもって、予測すべからざる緊急の事態に対し暫定の措置を執り得る方途を規定した」と緊急集会の根本趣旨を説明しているのです。

 金森大臣が「萬年(万年)議会」と称したように、参議院は三年ごとの半数改選ですから参議院議員がいなくなる時は絶対になく、参議院を活用すれば「議員任期の延長」の制度は最初から不要なのです。

 そして、極めつけは、「言葉を非常ということに借りて、その大いなる途を残して置きますなら、どんなに精緻なる憲法を定めましても、口実をそこに入れて又破壊せられるおそれ絶無とは断言し難いと思います」という金森大臣の言葉です。

 改憲5会派がやろうとしていることは、参議院の緊急集会の機能を矮小化して、「(発災から70日以降の)議員任期の延長」という制度を作ることです。
 つまり、濫用を許さないために作られた制度の目的を無視して、濫用が可能な制度を作ろうとしているのです。現に、維新・国民民主・有志の会の条文案を見てもそこには(およそ「精緻」などとは言い難い)幾つもの恐ろしい濫用の危険が明確に存在します。

 この間、毎週開催によって、緊急集会についての議論や発言がなされた衆院審査会の開催は20回以上にも至りますが、「民主政治を徹底させて国民の権利を十分擁護」、「どんなに精緻なる憲法を定めましても、口実をそこに入れて又破壊せられるおそれ絶無とは断言し難い」といった、金森大臣の緊急集会の根本趣旨を説明する答弁を改憲5会派が議論したことは一度もありません

 立憲主義とは、「憲法によって、国家権力を制限し、国民の自由・権利を守る」という考えです。  権力の暴走を防いで国民の権利を守るという緊急集会の根本趣旨を一度も議論せずに、その趣旨を傷つけ壊してしまう「改憲」のための「毎週開催」を重ねることは、明確に立憲主義に反するものとなるのです


4.濫用の危険がある議員任期の延長改憲


 最後に、改憲5会派の「議員任期の延長」は、選挙困難事態の定義(「選挙の一体性が害されるほど」等々)の意味が不明であることなど、数えきれないほどの大きな濫用の危険があります。
 例えば、2021年の夏のデルタ株の対策に失敗して衆院の任期満了前に退陣した菅首相は、もし任期延長が可能だったなら、「感染症まん延事態」による「選挙困難事態」を認定して衆議院議員の任期延長を行い、政権を延命させ、自分の都合のいい時に解散総選挙を実施したでしょう

 現に、この時、菅首相は憲法53条の臨時国会召集制度を濫用し、結果的に政府は憲法に違反して80日間も臨時国会を召集しませんでした。また、岸田首相も昨年のオミクロン株の惨禍の中で46日間も召集義務に違反しました。既にある制度を自分の私利私欲のために濫用する権力は、別の制度も必ず都合よく濫用するでしょう。

 そして、実は、この菅首相・岸田首相の臨時国会召集義務違反は政府が「与党にも相談して決める」と答弁しているように、自民党、公明党も加担して行われているものなのです。改憲5会派は議員任期の延長の条件に「国会同意」を主張していますが、それが濫用の歯止めにならないことはこのコロナ禍の濫用事例からも明らかです。

 であるならば、緊急事態における「国会機能の確保」を大義名分とする改憲5会派が真っ先に行うべきことは、「なぜ、国民がデルタ株・オミクロン株のコロナ禍によって医療崩壊や倒産・解雇など生命、暮らしの壮絶な惨禍に直面する時に、政府・与党は臨時国会すら召集しなかったのか」の真実の解明とその国民への説明なのです。

 このことは、国会法102条の6の「日本国憲法を広範かつ総合的に調査する」という規定によって、「憲法違反問題の調査審議を国会法上の法的任務とする憲法審査会」(衆参の議院法制局長答弁)に出席するすべての国会議員の法的責務でもあります。
 衆院憲法審査会で立憲民主党はこの臨時国会召集義務違反の違憲調査の問題提起を再三行っていますが、自公だけでなく維新、国民民主もこれに全く応じていないのです。これでは、改憲5会派の「国会機能の確保」のための改憲の動機とその主張は「改憲ありき」のものと疑わざるを得ません。


5.結びに


 参議院の緊急集会は、緊急事態においても国会機能を確保でき、濫用の危険もない世界でも最も優れた緊急事態条項です。(衆院任期満了の際も緊急集会が使えることは学界通説です)
 衆議院議員がいなくとも政党政治のもとで参議院議員を立法者として緊急集会で必要な法律を作ることができます。一方で、無理矢理に衆議院議員の任期を延長し「復職」させようとすると、上記の太平洋戦争の開戦前やコロナ禍の事例のようにどうしても時の総理大臣と国会多数派に濫用される危険が生じます。どのような理屈を述べようと濫用の危険のない制度を作ることは論理的に不可能なのです。だからこそ、緊急集会が憲法に定められたのです。
 この緊急集会を改憲の邪魔者扱いして、憲法尊重擁護義務に違反し、そして、憲法そのものと立憲主義、さらには国会法にも違反するという、改憲5会派による「毎週開催」の深刻な状況を一人でも多くの国民の皆さんに知って頂きたいと切に願います。
 長文をご覧頂きまして誠に有難うございました。


(追記)


※ 改憲5会派の「議員任期の延長」の主張には、憲法が定める二院制の曲解、災害時などで選挙を一日も早く実施する方策の議論がないなど、他にも様々な深刻な問題がありますが、この動きを是正するための参院憲法審査会の取組(緊急集会の機能強化の議論など)を含め、別の機会でご報告させて頂きます。

※ 冒頭の「(2)9条改憲、(3)オンライン出席の解釈など」についての改憲5会派の憲法、立憲主義への違反については、次回以降にご報告いたします。

※ 参院の緊急集会の制定経緯とそれを含めた我が国の緊急事態法制については、東日本大震災の際の参院憲法審査会での高見勝利先生(上智大学名誉教授)のご説明をぜひご覧下さい
https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=118014183X00520120516&spkNum=2&current=1

「 緊急集会と罰則の委任に当たるような規定はGHQ草案には全く存在しなかったということが起点であります。そこで、政府案の起草の際に、日本側から、我が国では毎年のように台風や地震などの大災害に遭っているが、そうした大災害が突発し、しかも衆議院の解散などで国会が開けないとき、緊急に立法措置等を講ずる必要が生じた場合にどうするかを争点化したわけであります。これに対してGHQ側は、当初、その場合には内閣が超憲法的な国家緊急権で対処すればよいと応答いたします。 そこで、日本側は、これから憲法を作ろうとするときに超憲法的な運用を予想するようでは、憲法に緊急権の定めが置かれていた明治憲法以上の弊害の原因になる、全てが憲法の定めるところによって処理されるようにすることがむしろ正しい道筋ではないかと反駁したのであります。この正論に対してGHQ側は反論に窮し、憲法五十四条の参議院の緊急集会と七十三条の政令への罰則の委任の規定が明記されることになったのであります。 」

「 一九五九年の伊勢湾台風後、関東大震災級の災害が発生した場合にも対応し得るものとして立案された災害対策基本法、以下は災対法というふうに略しますが、第八章の災害緊急事態に関する制度として整備されたのであります。これにより、今回のような大震災はもとより、首都直下型の大震災についてもこの憲法の下で、とりわけ震災により国会が麻痺し、臨時会や緊急集会も開けない事態を想定した法体制が整えられているということになるのであります。 」

※ 「2.」でご説明した改憲5会派の緊急集会「70日間限定説」の誤りについては、そもそも、憲法54条1項が定める解散から総選挙を実施の40日以内,総選挙後の特別国会召集の30日以内の期限は、内閣による解散と国会召集の濫用を防ぐために設定された期限であり(学界通説)、それを根拠に緊急集会の期間を制限することは正当性を欠くという54条1項の根本趣旨からの批判も成り立ちます。

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