知りすぎてるナンパ(実話怪談)
ナンパされたことがある。
別に、その一回だけってことはないのだが、忘れられないナンパがある。
その日、私は新宿にいた。始発の時間だった。
飲み屋で遊んでいたら電車を逃して始発まで待ったので、へろへろだった。
眠気でため息をつきながら改札まで来た時だ。
私よりもフラフラしている男が近づいてきた。
痩せていて、生気のない男の人だった。
不気味だな……と思って避けようとしたら、その男は話しかけてきた。
「ねぇ、忘れちゃったの?」
ゾッとするような声をしていたのを覚えている。
ただ、言ったこと自体はナンパの常套句のようだった。
「ど、どこかで会いましたっけ……」
「忘れた?俺だよ。俺だよ」
「いや~どこで会ったかさっぱり……」
話がかみ合わない。
男は猫が身体をこすりつけるようにすり寄ってくる。
正直、身の危険を感じた。
「え、駅員さん呼びますよ!」
声を荒らげた私の腕を、男がつかんだ。
「涼子、俺だよ。ほんとに忘れた?」
呼ばれたのは私の本名だった。
この記事ではもちろん仮名だが、本当に本名を呼ばれた。
男は「涼子、涼子……」と私を何度も呼んだ。
私は怖くなって、本当に駅員室の方へ走った。
パンプスが脱げそうだったと思うが、幽霊でも人間でも怖すぎる。
追いかけてきているのではないか。
そう思って振り返ると、一応男はまだそこに立っていた。
フラフラと幽鬼のようないでたちで。
ただ、駅員さんに泣きついて戻った時にはいなかった。
人間でも十分逃げる時間はあったので、
彼が何者かはいまだにわからない。
もしかしたら、私が忘れているだけだろうか?
彼のことを。