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【論文読解】鍼治療のビリビリ感は強いほど効くの?

 日本と中国の鍼灸を比較する例えとして「中国の鍼は刺激が強く、効果が高い」といわれます。伝統中医学の教育においても「得気(鍼特有のビリビリ刺激)が不可欠」と教わります。でもその「刺激が強い」って治療上必須なんでしょうか。強いほど効果があるのでしょうか。

さいしょに

 『得気』、もしくは『鍼感』(厳密にはイコールではない)は伝統中医学の鍼灸においては避けて通れない概念です。この用語が使われる文脈は様々ですが、よく「得気があってこそ経絡の気の流れをよくし、治療効果が上がる」といわれます。患者によっては「ちょっと!鍼感ないよ!」と突っ込まれることもあります。日本語では『得気』のことを鍼灸院のウェブサイトなどで「鍼治療特有のズーンという感覚が・・・」と表現されていたりします。実際にはズーンだったりビクッだったり、色々ですよね。
 本当は『得気』あるなしの比較論文を読解したかったのですが・・・見つけられませんでした。英語文献ならあったのかもしれないけれど。

論文紹介

 今回ご紹介するのは、『長時間の置鍼・強い鍼感と、三叉神経痛治療効果の観察』という論文です。1999年に『上海鍼灸雑誌』という専門誌に掲載されました(雑誌というけど学会誌)。PICOは下記の通りです。

P:西洋医学において原発性三叉神経痛と診断されながら治療効果が見られなかった52例の患者。男性22例、女性30例。年齢は38~76歳、中高齢者が多い。病歴は半年~10年。
I:長い置き鍼と強い鍼感による治療26例
C:通常の鍼治療26例
O:痛みと日常動作の影響、再発回数の改善度合

実験の結果

 今回の論文では治療効果を下記のように定義しています。

治癒:痛みが完全に消失。洗顔、歯磨きなどの機械的刺激による痛みがない。半年以上の観察上再発なし。
明らかな改善:痛みが完全に消失。洗顔、歯磨きなどの機械的刺激による痛みがない。半年以上の観察上わずかな再発あり。
好転:痛みの程度が軽減した。発作数は明らかな現象、刺激を与えると一定の痛みがあるのみ。
無効:痛みと発作回数が減少したが、その割合は1/2以下のもの。

 これらをまとめたのが以下表となります。

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 論文中では治療組の治癒・明らかな改善を示したのが88.5%、対照組では46.1%(P<0.01)。これに好転を含めたものとして、それぞれ96.2%、92.3%(P<0.01)。明らかな差異があり、治療組の治療効果の高さを結論付けています。

結果の考察

 まずグループ分けについて確認してみます。文中にはそれぞれのグループに26名を分けた、とのみ言及されています。その他の要素・・・性別もそうですが、考慮すべき要素と思われる症状の度合いが「病歴は半年~10年」幅がありながら、どのようにグループ分けされたかは触れられていません。今回の実験は非ランダム化試験と思われます。また鍼治療による試験(しかも刺激を比較)なので、非盲検化試験となります。

 ところで論文タイトルにもある「長時間の置鍼・強い鍼感」も含め、どのような鍼治療が行われたのでしょうか。
 ツボの選択についてはいずれのグループも同じですし今回の読解の本質と異なるため省略します。刺激に関してまとめると以下のとおりです(わかりやすく比較するため、まず対照組から述べます。また一部意訳)

対照組:得気を得たらそのまま30分置き鍼する。
治療組:鍼を入れ小さな幅でひねり、電気のようなビリビリ感や麻痺感が周囲に及ぶように操作。発作時の痛みを生じる部位に響くようにする。置き鍼は1.5~3時間。その間、20分に一度鍼を動かし、刺激を促す。
いずれのグループも上記の鍼治療を毎日一度、10日間行った。

 以上を踏まえてのアウトカムでした。
 治癒・明らかな改善においては治療組の高い効果に言及しています(好転を加えると「どちらも高い効果」となることをフォローする気遣い?もありました)。一方治癒、明らかな改善などの分類分けは患者の自己申告によるため、バイアスの影響が懸念されます。

まとめ

 前回の読解のときもそうですが、結論のパートでは「・・・というわけで治療効果は高いし、操作も難しくないし、患者も受け入れやすいし、臨床で幅広く使われるべきですね」と自信満々です。考察の概念はどこにいった・・・。

 三叉神経痛は病歴が長引き、発作が続く疾患です。論文では『霊枢』終始編から「病気の長引くものは、邪気が深く入っている。ここに鍼を用いるものは、深く入れ長く留める」と引用しています。そりゃぁ治療組のような手技が効果を発揮してほしいところです。その通りの結果となったことで、古典重視の中医学の面目躍如となりました。

 さて、臨床比較試験において重要視される実験手法として非盲検化試験があげられます。これは患者側も医師側も「自分がどちらのグループに属しているかわからないようにしている」というものです。
 鍼灸においてはこの盲検化の難しさがよく話題になります。錠剤を服用するのとは異なり、患者側からすれば「鍼を刺された」感があり、医師側からすれば「自分で鍼を操作している」ため、盲目化が非常に困難なためです。そのことから、「鍼灸は臨床比較試験に適さない」、こじれると「だから鍼灸は効果を測定できない。まやかしだ」とか「鍼灸の効果は現代科学で測定できない、鍼灸は長い歴史によって効果が証明されている」と両極端に振り切った意見が出たりします。
 私個人の意見でいえば、盲目化されてなくたって統計的な側面(グループ分けの公正さ、結果測定の客観性やの統計学的公平さなど)でしっかりと試験されていればいいんじゃないか、って思います。だって、結局のところ臨床現場では盲目化の概念はないわけですよね。患者は鍼を刺されるってわかってるし、医師側も自分がどう操作するかってわかってるんだから。そこにプラセボがあるにしても。

 ところでみなさんこのような強い刺激の鍼って好きですか?よく「鍼特有の感覚が病みつきになります」ってテキストを見るんですけど、正直私はキライなんですよね。チクッとした感覚ならまだしも、あのズーンっていう感覚・・・ないに越したことはないじゃない?って思います。留学時代は手技について厳格な指示がなかったので、患者さんに聞いて合わせていました。
 だって、耳ツボやお灸、てい鍼も経絡の概念で治療を行いますが、そんな感覚ないし、施術者も意識していないですよね。もし必須でないのなら、私は弱い刺激で施術してあげたい。でも患者さんによっては強い刺激がプラセボ効果を生むことがあるかもしれません。この辺りは研究が必要そうです。
 また、施術者によっては「強い刺激」を単純にグサグサと深く刺す乱暴な動きと理解している人もいますが、これは大間違いです。ツボによっては神経や内臓の位置を注意する場所があるため、そのような施術は患者さんにひどいダメージを与える危険が高いです。私も施術で「強い刺激」をするときは、グサグサやるわけではありません。奥が深い!

『久留针强针感治疗三叉神经痛疗效观察』
https://xueshu.baidu.com/usercenter/paper/show?paperid=f22623f72266767dd0f254ae0daf7dc4&site=xueshu_se

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