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【論文読解】顆粒と飲片(生薬)はどっちが効くのかな

 日本で販売される漢方は顆粒か液剤タイプですが、中国の公立病院では生薬が処方されることがほとんどです。服用のためには様々な工程がありとても面倒なものです。はたしてその不便さに勝る薬効があるのでしょうか。

さいしょに

 中国の多くの公立病院では、一般に中医薬は『飲片』とよばれる形態で処方されます。これは生薬を工場でスライス、乾燥などの下処理を施したものですが、ご丁寧に生薬それぞれが一回分ずつ空気を含むビニール袋に個別包装されていてとてもかさばるもので、患者さんたちは大荷物で帰宅することになります(イメージ的には両手にビニール袋を抱えてスーパーから帰宅する感じ)。
 持って帰るのも大変ですが、実際に服薬するのも大変です。お作法としては、まず個別の生薬を袋を破って出して鍋に移し入れ、30分水に浸します。その後まず強火で沸騰させ、そして弱火で15分コトコト煮て、最後にザルなどで濾して冷まして飲みます。ちなみに「ステンレス鍋はダメだぞ、土鍋が一番だぞ」とされています(その他、作法は複数種ある)。また生薬によってはその性質によって「一晩水に漬けねばならない」、「これは逆に飲む直前にちょっとだけ煮るのだぞ」と定められているものもあります。留学時代に自分で何度かやってみましたが、まぁ面倒くさいんですよね!
 そんな不便があることから、病院では有料で宅配サービスや煮出し代行サービスを提供しています。といっても宅配が届くのは次の日ですし、それは煮出し代行サービスでも同様です。早く飲みたいんだけどね・・・。とはいえ煮出しを代行してくれる、しかも一回分ずつ液剤をパックしてくれるのはとてもありがたいものです。
 一方私立病院では顆粒タイプを処方しているところがほとんどです。口に入れて水で飲んで、ハイおしまい。便利です。でも価格は飲片と比べて二倍くらい高価。実は公立病院でも医師に頼めば顆粒を処方してくれます。
 インターンの時に指導医に聞いてみました。「煮出し代行を頼むと、しっかり作法通りにやってくれるんですか?」「いや、大鍋でガーッと煮ておしまい(即答)」。えー。
 面倒くさいこといわず少々高くとも顆粒タイプを使えばいいのでしょうか。伝統を重んじるのも大事ですが、追求すべきは「効果があるか」という見方もあります。

論文紹介

 今回紹介するのは『中医薬の顆粒剤と飲片の風熱感冒治療の効果比較』という論文です。2017年に『中国医薬指南』という専門誌に掲載されました。PICOは下記の通りです。

P:風熱証感冒と診断された・発症48時間未満・体温38度以上・試験前に服薬していない男女120名
I:飲片投与。伝統的な方法で煎じ(後述)、1日2回投与、3日後患者の状況により処方アレンジ(60人)
C:顆粒投与。1日3回投与、3日間(60人)
O:投薬効果、解熱・体温正常化に要する時間

実験の結果

 まずひとつめアウトカムである投薬効果について整理します。
 今回の論文では投薬効果を下記のように定義しています。

「完全に治癒」 のどの痛み、咳などの症状が完全に消失し、体温が正常化した。
「有効」 のどの痛み、咳などの症状が明らかに改善し、体温も徐々に正常化した。
「無効」 のどの痛み、咳などの症状に明らかな改善は見られず、高熱も改善されない。

 これらをもとに「総有効数(前者2つを足したもの)」を比較した結果、飲片群59人(98.33%)、顆粒群50人(83.33%)という結果となりました。論文では飲片タイプが優れていると評価しています。細かな内訳は下表のとおりです。

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 続いてふたつめのアウトカムについて整理します。
 まず解熱し始めた時間についてですが、飲片群11.80h(±4.30h)、顆粒群19.20h(±4.60h)。体温正常化に至った時間ついては飲片群32.50h(±2.30h)、顆粒群37.50h(±2.80h)となりました。論文では投薬効果同様に解熱・体温正常化のタイミングともに飲片タイプが優れていたとコメントしています。詳細データは下表のとおりです。

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結果の考察

 以上のように、いずれのアウトカムも飲片タイプの効果が優れていると結論づけています。服薬に便利な顆粒タイプが劣る結果となったことは残念ですが、一方で、論文の内容を鵜呑みにしてもいいのでしょうか。批判的な視点をもちあらためて内容を確認してみます。
 まずグループ分けについて確認してみます。飲片群、顆粒群ともに男女比、年齢(18~53歳)、体温(38度強)をバランスよくグループ分けしていますが、どのように選別されたかについては言及がありませんでした。また飲片群については投薬3日後に処方箋の調整(後述)が行われていることから、今回の実験は非ランダム化試験、非盲検化試験と思われます。
 また投与された中医薬について気になる点がありました。今回患者に投与された中医薬は、両群とも银翘散ベースで配合されているものですが、飲片群のみオリジナルにはない芦根(9g)が含まれています。また飲片群についてはPICOで整理したとおり「投薬3日後、患者の状態により処方箋の構成を変更した」と記述があります(顆粒タイプは投薬3日のみ。調整もなし)。患者に合わせたオーダーメイドで対応することは中医のよりリアルな臨床を表すものではありますが、顆粒タイプでも調整可能なわけですから同様に対応するべきだったのではないでしょうか(なお、「中成薬」といって、あらかじめすべての成分がひとつにパッケージされた顆粒タイプの薬も販売されていますが(日本のドラッグストアで販売される漢方のイメージ)、今回の試験で用いたのは個別処方の顆粒剤のようです)。
 論文内では複数名の脱落患者についても言及されています。まず飲片群から「解熱しない患者1名が家族の要望により転院」(無効としてカウントされているよう)、顆粒群からは「患者6名が家族の要望により転院」また「1名、診断後に予热毒宁(風熱証でよく用いる中医薬配合の注射液)を注射、2日目に解熱」と記されています。後者については統計のどのグループにカウントされたのか明示されていません。転院6名は「無効」にカウントされているようですが、その患者がどのタイミングで観察対象から外れたのかは記載がありません。本来このようなイレギュラー対応があった場合にはその旨を考慮した統計が行われるべきですが、はたしてどのような計算が行われたのでしょうか。
 投薬効果の評価方法に目を向けてみます。ひとつめのアウトカムは、完全に患者の主観や自己申告によるものです。非盲検化試験ということもあり、バイアスの影響が懸念されます。一方もうひとつのアウトカムは定量的なものですから、比較的信頼性があります。とはいえ数値を見てみると、体温正常化はともに2日(48時間)以内に果たされており、劇的な差があるわけでもなさそうです。

まとめ

 さて、論文の結論は「飲片に優位」ということでした。でもところどころ引っかかる部分もあります。 論文では「飲片タイプのほうが優れていた」と鼻高々に結論付けている一方、批判的な視点で読むと、鵜呑みにすることには抵抗を感じる論文でした。参考までに「討論」に書かれている勝利宣言的な記述を翻訳してご紹介します。

『中医顆粒剤は伝統的な湯液をベースとして現代先進科学により加工し(略)顆粒と仕上げるものである。しかし技術上の不足により加工の過程で中薬成分が損なわれてしまう(略)』

と顆粒タイプをアゲたりサゲたりしながら、

『飲片は中医理論がその処理工程に組み込まれ、特殊な制作技術のもとに行われるものである。調査によればそれは炮制(中医薬を煎じる一連の加工工程のこと)技術によるところが大きく、これは我が国の十分に悠久な歴史のもと培われた』

とあります。しかも最後に

『飲片の加工過程はめちゃ複雑だけど効果はあるよ。顆粒も研究開発を進めさえすればちゃんと効果出せるからな』

と締めくくられています。

 本来、論文のDiscussionパートは研究結果に対する解釈を述べて内省や課題を洗い出すべきなのですが・・・なんだか謎の上から目線!
実際患者さんはどうやって煎じ薬を飲んでいるのでしょう。「お作法通りにやっているの?」と何人かの患者さんに聞いたことがあります。でもたいてい「ん?鍋に入れて、煮て、濾して、飲んでるよ。・・・え、それでいいんだよね?」という回答。あぁそう。
 「顆粒のほうが優れている」とはいいますが、実際のところ劇的な差があるわけではなさそうです。であれば服用が便利な顆粒タイプを選びたいところですが、値段の違いもあります。風邪であれば処方量も少なく、絶対的なコスト差は気にならないかもしれませんが、「手間がかかってもいいからとにかく安く済ませたい!」という患者さんもいるかもしれません。医師の立場としては、どう選択肢を提供すればいいのでしょう。
 「薬効にはそんなに差がないから、ちょっと高いけど便利なほうにする?それとも安いけど面倒なほうにする?」と聞けばいいのでしょうか。「効果がほぼ同じなら、安いほうがいいよ!」と答えるに決まってる?そうでしょうか。もし中国でその尋ね方をすることは好ましくないように思います。顆粒を選んだら「安い方を選んだ」ということになります。中国人の風習にはそぐわない質問の仕方でしょう。もちろん日本でも人によっては回答に抵抗を覚える人がいるでしょう。
 ここで強調したいのは、論文の結果をそのまま愚直に臨床に応用することが必ずしもベストではない、という考えです。それはPで定義される患者群が臨床現場の患者に当てはまらないかもしれない、というケースもありますが、さらに考慮しなければいけないのは、「それが患者の価値観などに合ったものか」という点です。
 EBMというと「論文の結果をそのまま活用する」という見方をする人もいますが、本当のEBMでは論文(=エビデンス)はひとつのパーツにすぎません(この点を細かく言及するととっても長くなるので、下記リンクを参照ください)

厚生労働省『「統合医療」に係る情報発信等推進事業』「根拠に基づく医療」(EBM)を理解しよう


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