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激増する“顧客不在のCRM”への処方箋

 最近、顧客満足度向上のためにコンピューターを活用する事例が増えてきている。顧客情報をデータベース化してリピートのお客様の情報を登録しておき、お客様から電話がかかってきたら、電話対応のスタッフが電話番号から顧客情報を引き出せるようになっている。電話の側にパソコンが設置してあり、電話がかかってくると瞬時にディスプレイ上に顧客情報や購買履歴が表示される。それを頼りに電話対応をする仕組みだ。自動ではなくても、電話番号を聞かれて伝えると、スタッフが電話番号をテンキー入力し、顧客情報を引き出したうえで、「****にお住まいの近藤様ですね」と応答する仕組みもある。
 といっても、何回も注文していると、毎回同じ人が電話に出られるわけがない。電話に出るスタッフの電話対応の丁寧さにばらつきが出るのは、ある程度はやむを得ないだろう。だが、たまにこういうひどいケースにも遭遇する。パソコンの操作に不慣れなようで、なかなか顧客情報が表示されずに、電話の向こうで慌てて周りの同僚にヘルプを求めているのが手に取るように分かる。そして、保留メッセージに切り替わると、2分、3分と待たされる。「とにかく注文だけしたいんで、私のことは後から調べてよ」と言ってもだめ。「いったいどうなってるの。ちょっと責任者に代わってよ」というと、また保留応答が2,3分…。こんな会社に限って、クレームへの対応窓口がはっきりせず、処理の方法も不明確で、たらい回しになるケースが多い。

 私自身、仕事柄サービスの質に敏感になっているのは事実だ。だから、まずい顧客対応に出会うと、その原因はどこにあるのだろうとつい深追いしてしまう。「この会社がこうなったのはなぜか」「たまたまこの人だけの問題だろうか」「いや、どうも組織全体の問題らしい」「やはりIT化失敗の典型的なケースにあたるのだろうか」などと考えながら…。普通の客なら、すぐさま電話を切り、二度とその店では注文しないだろう。
 
 では、ここまでサービスが劣化したケースへの処方箋はなにか。大抵の人は「簡単ですよ。もっと、スタッフのレベルを引き上げなくっちゃ。研修を徹底すればいいんです」と自信満々に答える。だが、言うは易し、行なうは難しである。それは、こうした“荒れた現場”は経営者の意識のひずみの反映であることが多いからだ。

●「顧客にどんな価値を与えるか」を経営トップは語れるか

 今風のIT用語で言えば、上記の例は、CTIのCRM方面への活用ということになるのだろう。だが、難しい能書きはともかく、そもそも「顧客の満足とは何か」「お客様に喜んでいただいてリピーターになって頂くためには、どういうサービスをすべきか」などのIT活用の大前提が欠落しているケースが実に多いのだ。

 まずは、サービスの現場に顧客満足度の向上とは何かを徹底的に考えさせ、工夫させたうえで、失敗も重ねながら、ITを使わないで極めるべきところは十分にやり尽くす。そして、最後の一手としてITを導入する…極端に言えば、これぐらいの腹積もりで望まないと、知らず知らずのうちに、パソコンに表示されるお客様情報は、お客様のためではなく、スタッフのパートタイマーへの代替や人員削減のために使われてしまうのだ。そうではなく、ITを使いこなしたうえで、企業として目指すべき、コスト削減と人員合理化以外の“価値とビジョン”…これを説明できない企業にCRMを語る資格はない。最近では、一人暮らしや高齢者世帯が増えて不安も多い生活の中で、電話番号だけで注文する側の情報がすべて分かっているということは、ひとたびお店が信頼を失えば、個人情報の漏洩などの不安しか残らないという事実にも思いをはせたいものだ。

 キャッシュフローなどの新たな経営指標、ITなどの合理化ツールの情報がここ数年で企業社会に溢れ、ひょっとしたら日本の企業は消化不良を起こしているのかもしれない。だが、激増するツールと同じ度合いだけ、顧客とどう切り結ぶのか、どんな価値を与えていくのかというハートの方も鍛えていかないと、後に残るのは、実に見苦しい顧客対応しかできない“サービス会社の残骸”ということになりかねない。この危険な風潮から舵を切り替えられるのは、経営トップしかいないのである。

(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第23回 激増する“顧客不在のCRM”への処方箋」として、2002年4月22日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト

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