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IT業者とは持ちつ持たれつで

 日本人は、サービスは無料だという意識が強い。IT業界も、これまではこのような日本の商習慣に合わせ、サポート料金などはすべてハードウエアの料金に含めて請求してきた。ところが、ITの主要商品がハードからソフト、そしてサービスそのものに移るにつれ、お客様との料金をめぐるトラブルが頻発するようになった。パソコンやネットワーク機器を法人に納めるIT商社などは、お客様の意識を変えてもらうべく、苦しみの最中にある。

 ある新規設立企業で起きた出来事だ。壮年期を迎えたビジネスマンたちが第二の人生を求めて興した会社だけに、社長をはじめ10人ほどの社員全員が50歳以上だった。つまり、パソコンがあまり得意ではない世代である。それでも、今どきに創業する会社らしく、社員全員がパソコンを導入し、インターネットを使って社内外の連絡をよくしようということになった。そこで、手始めに社長用のパソコン1台を導入してほしいと某IT商社に依頼した。

 そのIT商社は、社長の依頼に対して入社2年目の若手営業マンを出向かせた。社長はその営業マンに「まずは、私が率先してパソコンを使えるようになりたい。ともかくインターネットとeメールを使えるようにしてほしい」と注文した。営業マンは気楽に「承知しました。早速お見積もりをお作りします」と応じた。ところが、この一言が、双方にとって不幸な事態を招くことになる。

 営業マンは環境設定、インターネットの簡単な接続・操作指導込みでパソコンの見積もり価格を提示し、注文を取った。そして、パソコンの搬入、設置、環境設定、簡単な社長への操作指導と順調に事は進んだ。社長も「ありがとう。これでインターネットが利用できるよ」と上機嫌で、営業マンの仕事は一件落着したと思われた。

 ところが、その翌日、営業マンの部署にやや怒り口調で社長から電話が入った。「昨日納めてもらったパソコンが使えなくなった。至急、担当のA君に来てほしい」。A君は他社で営業中であったが、この後の商売のこともあるのでこれは一大事と、なんとかその場を収めて現場に向かった。

 到着してみて唖然。社長は、昨日説明した操作をほとんど忘れており、「またイチから教えてくれないと使えない」とおっしゃる。説明書を読む気もメモを取る気もさらさらないようだ。営業マンのA君は控えめにこう主張した。「分かりました。今日はもう一度お教えしますが、再度となると別途費用がかかりますので、ご了承ください」。途端に社長が怒り出した。「パソコンを使えるようにしてくれと言ったら、分かりましたと言ったではないか。自分が不自由なく使えるようになるまで面倒を見てくれると思ったから、量販店より高い価格で買ったんだ」。

無料サービスの時代は終わった
 お客様としての理屈は確かにそうかもしれない。だが現実問題として、人件費は企業経費の中でも特に高くつくコストだ。無制限にサービスなどできるわけがない。確かに汎用コンピュータの時代は、手取り足取りのサポートサービスが無料でメーカーや商社から提供された。だが、それは何億円もしたハードで十分な利幅があったからだ。オフコンも、毎月そこそこのリース料が期待できればこそ、懇切丁寧なユーザーへの指導もできた。だが、今どきのパソコンのように非常に安価でほとんどマージンのない商品では、無償サービスなど成り立つはずがない。

 このケースでは、最終的にA君の上司が出ていって、先方に十分に説明して渋々ながら納得してもらった。確かに、最初からきっちり説明していない若手営業マンの落ち度ではある。ただ、中小企業の側にも考えてもらいたい点がある。

 今、大手のSIベンダーなどが、かつては見向きもしなかった中小企業をお客様にしようと積極的に営業努力をしている。中小企業にとっては、熾烈な競争を通じて各社がサービスを向上してくれるのは大歓迎だろう。だが、中小企業は利幅が取れないという認識が定着してしまうと、レベルの高いITサービス企業は、この市場から撤退してしまうかもしれない。

 顧客の側も、サービスはただではなく、適正なコストがかかることを認識してほしい。自社に付加価値をもたらす提案やサービスには、きちんと対価を払うという習慣をつけないと、中小企業はIT活用に関して置いてけぼりをくらうことにもなりかねない。

(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、
「第2回 IT業者とは持ちつ持たれつで」として、2001年7月3日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト

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