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映画『雨に唄えば』

 1952年の公開から70年以上経った現在でも「ミュージカル映画の最高傑作」に位置付けられている映画『雨に唄えば』。

 今回は個人的にも大好きなこの映画について、簡単にまとめていきたいと思います。




概要

[タイトル(原題)]
: 雨に唄えば(Singin’ in the Rain)

[製作年]
: 1952年

[製作国]
: アメリカ合衆国

[製作会社]
: MGM(トムとジェリーでおなじみ)

[制作者]
: アーサー・フリード

[脚本・原作]
: アドルフ・グリーン、ベティ・カムデン

[監督]
: ジーン・ケリー、スタンリー・ドーネン

[上映時間]
: 103分



3つのポイント

① 楽曲

 『雨に唄えば』に登場する曲はどれもポジティブで心を明るくするものばかりです。最も有名な『Singin’ In the Rain』をはじめ、『Beautiful girl』や『Good Morning』、『Make’em Laugh』など、映画を彩った数々の名曲は半世紀以上の年月を経た今もなお、私たちを元気づけ、世界を平和な気持ちにしてくれます。


 多くの名曲が登場するこの映画ですが、意外にも使われた曲は『Make’em Laugh』と『Moses Supposes』を除く全てが既存の曲で、以前にもいろいろな作品で使われたものばかりでした。
 元々アーサー・フリード(作詞)とナシオ・ハーブ・ブラウン(作曲)のコンビが手掛けた曲を集めた映画を撮ろうと企画された作品であるため、ミュージカルとしては少し異質の趣向となったのです。
 例えるなら、野田洋次郎本人が『前前前世』や『すずめ』などの書き下ろし曲ではなく、『有心論』や『いいんですか?』などの持ち曲を集めた一本の映画を作るような感じです。

 自身の作った曲の壮大なプロモーションとして見ても、『雨に唄えば』は大きな成功を収めました。

 特に、ジーン・ケリーが雨の中タップダンスを踊るシーンに使われたことで有名な『Singin’ In the Rain』は、後年、様々な作品でオマージュされました。
 先日公開された『バビロン』や『時計仕掛けのオレンジ』にも登場するこの曲は、『雨に唄えば』の撮影背景や映画史に与えた偉大な影響を鑑みることで、時代を越えた重要なメタファーとして機能しています。



② ストーリー

 当初、脚本家のベティ・コムデンとアドルフ・グリーンは、フリードから「自分が過去に作った20曲以上の歌全てが出てくる映画を作ってほしい」と言われて、大いに困惑したそうです。
 しかしそこは名脚本家。物語の時代設定をサイレント映画からトーキー(有声映画)に変わる1920年代のハリウッドにしたことで、フリードの指示に沿ったユーモア溢れるアイディアを豊富に生み出してゆきます。

 特に、撮影チームが録音に四苦八苦して何度もテイク数を重ねるシーンは、かなり誇張されていますが、時代の移り変わりに伴う苦労が面白おかしく表現されていて傑作です。
 このシーンは映画『バビロン』でもオマージュされていました。監督のイラつき具合と製作チームの間抜けな姿が見どころの名シーンです。


 『雨に唄えば』の物語は非常にシンプルで分かりやすいです。
 無声から有声への大移行期。サイレント映画の大スターであるドン・ロックウッドらがトーキー映画に挑戦するという大枠の設定へ、悪声の持ち主であるリナが滑稽なヒールに徹することで一つの軸が生まれ、さらに見やすくなっています。
 フリードの注文を聞き入れたことであまり凝ったシナリオにならなかったのは、ミュージカル映画のストーリーとしてかなりプラスに働きました。

 MGM(製作会社)は当初、ハワード・キールを主演俳優の候補に挙げており、それを聞いた脚本のコムデンとグリーンは「歌うカウボーイ」という全く違った物語を考えていました。
 しかし、次第に俳優ジョン・ギルバートの経歴に触発された二人は、脚本を実際に公開されたものへと大きく変更し、「これはジーン・ケリーにふさわしい物語だ」と主演をケリーにすることをも提案します。
 結果的にこの変更が功を奏してミュージカル映画史における最高傑作は誕生したのです。

 ただ、公開当時の『雨に唄えば』の評価はさほど高くなく、世間の認識も「よくできたミュージカルコメディの一つ」程度に過ぎませんでした。

 そんな「よくできたミュージカルコメディの一つ」が時代と共に評価を高め、「ミュージカル映画史における最高傑作」とまで言われるようになったのには様々な理由が考えられますが、一番の要因はシンプルかつユーモア抜群のストーリーだと思います。

 ハリウッドの変遷期をビハインドステージから描いたシナリオは、「映画を撮る映画」というメタ的なストーリーになっており、人々の“映画そのもの“に対する関心を大いに高めました。
 これは映画史において大変重要なポイントです。あまり知られていなかった映画製作の現場を愉快に暴き出した本作は、「もっとたくさん映画を見てみたい」という大衆のポテンシャルを引き出し、「自分も製作に携わりたい」というシネフィルを大量に生み出しました。
 その証拠に、この映画に影響を受けたクリエイターは今なお多く存在し、名作を生み出し続けています。最近で言えば、デイミアン・チャゼル作品や「BTS」のMVなどからも『雨に唄えば』を意識していることが見てとれます。


 明るいコメディタッチに仕上げたことも、『雨に唄えば』が評価を高めた一因です。
「無条件で気分が明るくなる」この映画は、ミュージカルの本質に加え、後世まで残る名作の特質を孕んでいます。
 笑顔になれる作品はいつの時代にも求められており、とりわけダンスという世界共通語がふんだんに使われている本作は、半世紀以上経った現在でも人々の心に安らぎと活力を与え続けているのです。
 MGMが生んだ『トムとジェリー』と『雨に唄えば』は、この先人類が滅亡するまで永遠に残り続ける名作だと思います。






③ キャスト

 『雨に唄えば』の主な出演者に、ジーン・ケリー、ドナルド・オコナー、デビー・レイノルズ、ジーン・ヘイゲンがいます。
 作中においてもそのキャリアにおいても全く異なる背景を持つ4人には、それぞれ撮影に纏わる興味深いエピソードがあります。

ジーン・ケリー(ドン・ロックウッド役)

 ドン・ロックウッドはサイレント映画界の大スターであり、とてつもない人気と名声がありながら、お茶目でユーモアのあるキャラクターです。ハリウッドの転換期に振り回されながらも常に心の余裕を感じる貫禄と度量は、ケリーの名演からよく伝わってきました。

 映画の監督兼主演を務めたジーン・ケリーは当初、スタンリー・ドーネン(監督)と映画『巴里のアメリカ人』の製作に没頭しており、『雨に唄えば』のプロジェクトには参加していませんでした。
 しかし、古くから付き合いのあったコムデンとグリーンの脚本に深い興味を持ったことで映画製作の話を受け入れ、『巴里のアメリカ人』の撮影終了後すぐに製作に取り掛かります。(ちなみに、『巴里のアメリカ人』は当時のアカデミー賞を総なめにした程の名作です)

 完璧主義的な傾向のあるケリーは映画の製作に際して、共演者に怖がられてしまうほどの大変な気合とこだわりを見せます。

 有名な雨の中のダンスは2日以上かけて撮影されたもので、ケリーはウールのスーツが縮むまでびしょ濡れになって踊り続け、40度近い高熱を出してしまいます。映画史上最も明るくハッピーなシーンの裏で、死ぬほど苦しい風邪をひいていたという逸話はどこか皮肉で興味深いエピソードです。
 ちなみに、「雨に唄えば」を歌い踊るこのシーンは、「画面に映りやすくなるよう雨に牛乳が混ぜられていた」「ケリーは撮影を1テイクで終えた」などという逸話が有名ですが、後年これらははっきりと否定されています。なぜこんな逸話が世間に出回ったのかは謎です。私もずっと「牛乳の雨の中で踊っているんだ、めちゃくちゃ臭そうだな」と強く信じていました。なぜそんな話を信じていたのかは謎です。


ドナルド・オコナー(コズモ・ブラウン役)

 コズモ・ブラウンは、ドンの相棒で世渡り上手な伴奏者です。その性格は楽観的で明るく、ユーモアに富んだアイデアマンといった印象を与えています。
 個人的に一番好きなキャラクターで、こんなおじさんが親戚や同じ会社にいたらさぞかし楽しいだろうなと思いながら鑑賞していました。

 そんな愉快で楽しいコズモを演じたドナルド・オコナーはユニバーサル・ピクチャーズに所属する俳優兼コメディアンで、『雨に唄えば』ではMGMに貸し出される形で撮影に臨みました。

 有名な『Make’em Laugh』を歌って踊るシーンは、コンクリートの床でジャンプや尻もち、若手時代以来となる空中回転などの体を張ったパフォーマンスをした結果、彼は打撲や火傷による数日間の入院生活を送ることになってしまいました。
 身を削って撮影を終えたオコナーでしたが、後日、機材のトラブルによりうまく撮影できていなかったことが分かり、退院後に取り直しとなってしまいます。入院までしてやり直しなんて「やってられるか」と投げ出したくなりますよね。
 後年オコナーは現場の過酷さを語っており、撮影をうまく楽しむことができなかったことを明らかにしています。特にケリーの暴君のような振る舞いに恐怖していたらしく、撮影時は必死にリラックスしようと1日4箱のタバコを吸っていたといいます。
 あの底抜けに明るいコズモの裏にこんな悲惨なエピソードがあるというのは驚きです。


デビー・レイノルズ(キャシー・セルダン役)

 キャシーは本作のヒロインであり、無名の女優からスターへと変貌するシンデレラガールです。彼女の美しい歌声と報われるストーリーは、私たちを深く感動させてくれました。

 キャシーを演じたデビー・レイノルズは当時19歳で、作中と同じようにキャリアの浅い女優でした。会社からスターを生み出したいというMGMの思惑により思い切って起用されたのです。
 とはいっても、いきなりのミュージカルで、ダンス経験がほとんどない彼女は、約3ヶ月のレッスンのみで撮影に挑むことになりました。
 完璧主義者の監督ケリーは、何回撮ってもうまく踊れない彼女に苛立ち侮辱します。ケリーに叱られてピアノの下で泣いていたところを、ダンスの神様フレッド・アステアが救い出したというのは有名な話です。

 彼女もまた、「人生で一番辛かったのは、出産と『雨に唄えば』だった」と語るほど撮影の過酷さに苦しんだ1人です。
 『Good Morning』を踊るシーンは、午前8時から午後11時までの長時間にわたる撮影となり、撮影終了時には彼女の足は血まみれになっていました。そのまま病院に担ぎ込まれて3日間の入院生活を余儀なくされるほど頑張った彼女でしたが、音声を確認するとタップの音がちゃんと出ていなかったため、ケリーが彼女のタップを吹き替えることになりました。プロのダンサーではないため仕方ありませんが、血だらけになるほど懸命に踊ったシーンが吹き替えられるのは、彼女としてもやりきれない気持ちだったはずです。

 辛い撮影でも逃げ出すことなく最後までやり遂げたキャシー。ラストシーンで流した涙は、作品に対する彼女の並々ならぬ思いが溢れているように見えます....が、この場面ではうまく泣くために玉ねぎが使われていたのでした。とにかく彼女にとって一生忘れることのできない体験だったことは間違いありません。


ジーン・ヘイゲン(リナ・ラモント役)

 リナ・ラモントはサイレント映画全盛期の大女優です。彼女は、ドンと結ばれていると一方的に思い込む少しイタいキャラで、エゴの強いわがままな女優として描かれています。
 作中における悪役ポジションの彼女は、絶妙な変声と滑稽な振る舞いで、意地悪だけどどこか憎めない嫌われ役を見事に演じ切りました。

 リナを演じたジーン・ヘイゲンはMGMに所属する女優で、当初起用するつもりだったジュディ・ホリデイに代わってキャスティングされました。
 彼女は悪声と憎い表情で強烈な印象を残し、アカデミー助演女優賞を受賞します。それほど作中の彼女は印象的でした。

 ヘイゲンは、リナの独特な声を作るためにキャスリーン・フリーマンという声優の協力を得たと言います。あの絶妙な悪声を出すために試行錯誤していたのです。
 無論、彼女の地声はあんな間抜け声ではありません。その証拠に、キャシーがリナのセリフを吹き替えるシーンでは、ヘイゲン本人の地声が吹き替え後の声として使われています。
 少し複雑で皮肉なエピソードです。







         ***


 最近見た映画『バビロン』に出てきたので、改めて『雨に唄えば』を鑑賞しました。

 何度見てもこの映画は明るい気持ちになります。本当に嬉しい時、人は雨の中でも踊りだしてしまうのですね。

 「Singin’ In the Rain」を「雨”に“唄えば」と訳した方はどなたなんでしょうか。感性が素敵すぎます。私の大好きな日本語の一つです。






 時代と共に評価を高め続けるミュージカル映画史上最高傑作『雨に唄えば』。
 まだ観たことのない方はもちろん、既に観たことがある方も、この機に再度視聴してみてはいかがでしょうか。






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