2018.7.24 夢十夜

 こんな夢をみた。

 私は偏頭痛持ちで、低気圧がやってくるともれなく頭痛に悩まされる。
 ひどい時は耳鳴りとめまいに加えて、呂律が回らなくなる。呂律が回らない、ということは解説員として仕事ができないということだ。もっとひどくなると、過呼吸になる。
 今回は過呼吸手前、というところで現場から事務室へと戻された。

 職場の仲間、同い年で元保育士だった彼女は、私が頭痛にうなされていると決まって保冷剤をタオルに包んで持って来てくれる。一緒に持って来てくれた水で、市販の鎮痛剤を飲む。
 会社の福利厚生費で購入された「ひえぴた」は、暗黙に私専用だとされていた。
 首周りや肩甲骨周りを冷やしながら安静にしていると、頭痛が少しましになるのだ。
 元保育士の彼女は熱を出した5歳児の相手をするように、私の首周りに保冷剤とひえぴたを置いていく。
「無理しなくていいよ」
 鎮痛剤の副作用か、眠気の向こうから彼女の声がする。
 そっと触られた背中には、保冷剤とは正反対の暖かい手。
 うとうとと副作用に引きづられて、頭痛を抱える身体から意識を手放す。


 仕事中に眠ってしまった。
 慌てて飛び起きると、いつのまにか救護室のベットの上にいた。
 いや待て、職場に救護室なんてあったか?
 いつも体調が悪くなると、横になれるのは授乳室だけだった。大して柔らかくもない長椅子に横になるしか出来なかった。
 何かあって職場から担ぎ出されたとか?
 電気の付いていない薄暗い中、私は考える。
 正面にあったドアが開き、向こうから明かりが部屋の中にはいる。
「起きたんだ」
 元保育士の彼女が、保冷剤を持って入って来たのだった。
 うん、と声にならない声で答える。まだ呂律が回らない。舌が動かないので「う」とか「ん」とか「む」とかなら、出しやすいのだ。
「ここ、どこ」
 つまる言葉と呼気を出しながら、彼女に聞く。
「救護室だよ」
 ベットに座る彼女は当然のように言う。薄暗闇のなか、いつものように優しく微笑んでいるのがわかる。また、私のこと5歳児扱いしてる。
「ど、この」
「もう頭の痛いの楽になった?」
 何処の救護室なのか、という私の質問をよそに、彼女は聞く。
「ん」
 そういえば鎮痛剤が効いたのか、頭痛は楽になっている。呂律が回らないのと、薄く耳鳴りがしている程度だろうか。
ずっと保冷剤とひえぴたに囲まれていたからか、手足が冷たく冷えてしまっているが、もう仕事に戻っても大丈夫そうだ。
「そう。でもまだ、苦しそうな顔してるよ」
 それは薄暗くて表情がよく見えてないだけだよ、と私は首を横に振った。
 ふと、首の右側が冷たくなる。
 彼女が、保冷剤を当てていたのだ。
「い、ら、ない、よ」
 もう頭痛は治ったから要らない、そう保冷剤を退かそうとするが、彼女はぐっと押し付ける様に当ててくる。
「む」
 保冷剤の表面、結露が水滴となって私の肩へと降りていく。
 タオルで包まれてない。
「先生がね」
 彼女が言う。先生?
「偏頭痛の時は、内圧がかかってるから、冷やして血流を弱くするといいって言ってたんだって」
 だって、ということは、彼女も又聞きの情報なのだろう。
 でもその先生が誰のことを言っているか分からないし、頭痛は治まっているのだからこの処置は別の悪化を招いてしまいそうだ。
 私は身体を動かすが、保冷剤は離れようとしない。
 首の後ろに、ねたっとした冷たさを感じた。
「だから、冷やそうね」
 この感触は、きっとひえぴただ。
 肌に張り付くアレは、ゆっくりと首の後ろを冷やしていく。
「も、いい」
 相変わらず言葉はうまく出ない。
 もたもたと身体を動かしていると、身体の至る所が冷たくなっていくのを感じる。
 彼女が私の身体を冷やしているのだろうか。だとしたら、彼女の手はいくつあるのだろうか。
「さむ、い」
 薄い声は彼女に届いただろうか。身体は冷えていき、手足の感覚がなくなっていく。
「さむ、い、もう、いい」
「このまま身体ごと冷えちゃえば、偏頭痛も治るかもね」
 耳元で彼女が言う。耳介に当たる彼女の息さえも冷たい。
「早く偏頭痛、よくなるといいね」
 私は冷えていく身体から、再び意識を手放す。


 背中に熱を感じて、目を覚ます。
 東向きの窓からは、朝日が入り込む。
 まくら元に置いていたエアコンのリモコンを見ると、室内温度はすでに30度。寝間着どころかシャツにもびっしりと汗が染み込み、一気に不快を感じる。
 時計を見れば、時間は7時半。今日は仕事が休みだから、と誰にでもなく言い訳をしてエアコンの電源を入れる。
 ほどなくてしエアコンから涼しい風が部屋の中に送られる。冷えていく室内を心地よく感じながら、また目を閉じる。

 ふと、首筋に冷たいものが押し当てられたような感覚を、感じる。 



※偏頭痛の「内圧が~」は、医療従事者ではない人から聞いただけの話です。医療的な根拠は確認していませんのであしからず。「私」の偏頭痛は患部や首(脈が走っているあたり)を冷やすと楽になるそうです。低気圧や天候の変化に影響され、自律神経の乱れからくる偏頭痛だそうです。

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