しぇんろん

しぇんろん

最近の記事

記憶の話。

死にたい。でもそれは、生きるのが辛いからとか嫌なことから逃げたいからってわけじゃない。 この記憶が消えていくのが怖い。もう二度と手に入らないもの、空間、時間の記憶。とても幸せに満ちている記憶。もう更新することはできない。忘れていくだけの記憶。忘れたくない。ずっと覚えていたい。本当に大切な記憶。幸せだった頃の、世界が輝いて見えた頃の。全てが美しく、世界が愛おしく思えていた、あの頃の記憶。 時間が経てば経つほどに忘れてしまう。もう1年半以上も前のことになって、既に忘れてしまっ

    • あり得ない話。

      もし魔法が使えるなら。もしタイムスリップできるのなら。1つだけなんでも願いが叶うのなら。そんな、あり得ないけど誰もが想像したことのあるような、ありがちな話。 もしもタイムスリップできるのなら、あの時に戻りたいだろうか。戻ったとして、何をするだろう。 私は、3年前に戻り、あの幸せに満ちた1年半を過ごし、別れを告げられた時にはあっけなく死んでいこうと思う。最期が辛い記憶になるけれど。 別れを実感してしまう前に。宙に浮いた感覚のままに。夢の中にいると思い込めるうちにサヨナラし

      • 読書の話。

        物心ついた時には本がすぐそばにあった。 小学校の頃には朝に10分間の読書タイムがあった。少なくとも高学年の時には意識的に読書をしていたように思う。 私が読書をしていると自覚したのはいつだったろう。 小学校四年生の頃に祖父から講談社の少年少女世界文学館の『三国志』を贈ってもらったのは一つの転換点であったと思う。面白いと思って没頭したと記憶にあるのはそれが初めてだ。 そしてもう一つ、記憶に残っている小説は岩波少年文庫のJ.ヴェルヌ著『海底二万里』だ。これは、中学校の時分に

        • あいとわ

          よく、優しい人だねと言われる。確かに私は人に優しくすることが多い。自分が多少の無理をしてでも誰かを救えればいいと思う。 でも、恋人への優しさとそれ以外の人への優しさは全く別のもの。いや、優しさという外見は同じだけど、本質は全くの別物だ。 優しさには見返りは求めない。たいした繋がりのない、ともすれば初対面の人にだって優しくすることはできるだろう。その場限りの優しさ。ただ自分がしたいからする。そういう優しさ。 でも、愛はそれとは違う。優しさに見えてもそれは愛情。愛していると

        記憶の話。

          瀕死の心

          何故あの時、ちゃんと殺してくれなかったの? 楽しいこと、嬉しいこと、幸せなことを感じられなくなった。それなのに悲しいこと、悔しいこと、辛いことは感じられる。中途半端に、幸せだけを殺していってしまったあなたは何を思うのでしょう。 私を真正面から見なくなったあなたは気づかないでしょう。私が皆の前で表す笑顔の裏に隠れたものに。 届かないと知っていながら、問いかけてしまう。この言葉たちも虚空へ消えていく。誰に理解されなくても、あなただけには理解して欲しかった。でも、もう届かない

          心のうち⑤

          虚しいと思う心までもが壊れて仕舞えば良かったのに。 悲しみが抜け切った後に残ったのは空白で、虚しさだけを感じる心。 悔しさでも悲しみでもなく、虚しさから流される涙。空っぽなのに、涙だけは涸れることがない。 何をしても満たされず、空虚な自分を見つめているだけ。 世界は続いているし、命はここにある。でも、それだけ。生きているわけじゃない。世界に勝手に生かされている。 家族に、友人に、おかしくなったとバレないように分厚い仮面を貼り付けて、心配されないように普通を演じている

          春の夜の夢

          まだまだ昼と夜の気温差が大きい4月中頃。 夜の冷たい空気を胸に溜め込んで一気に吐き出す。身体の中に溜まったこの重い雲の塊も一緒に吐き出せればいいのに。しかしそれらは吐き出されることはなく、寧ろ胸の奥の方で存在感を増していく。 あの時こうしていれば、なんて夢見心地に思いを巡らす。歴史にたらればはないし、つまり人生の道のりにもたらればはない。それでもたらればを考えてしまうのは想像力、創造力をもつ人間という種族だからなんだろう。 夢は記憶を整理する役割を持つと言うけれど、思い

          徒然と③

          深夜まで起きていると、色々と考え込んでしまう。アイデンティティとか自分の存在意義、生きる意味や人生の目的について。 どれも答えが出る問いじゃない。どれだけ考えてもぐるぐると迷路を彷徨う。同じところを回り続ける。そして時々、虚しくなって死にたくなる。 でも、生きる理由がないってのは死ぬ理由にはならない。どうせ死ぬなら、少なくとも自分にとって、もし可能なら、他人にとって意味のある死を迎えたいと思う。それがどんな形なのかはわからないけど。 死ぬことを否定するわけじゃない。考え

          徒然と②

          朝の爽やかな空気を吸い込む。 日に日に早くなっていく夜明けから季節を感じ、時の流れを再確認する。 やがて始発列車が走り始める音がして、車の走行音も増えてくる。 人々が活動を始めて、街が段々と騒がしくなる。 数時間前には寝静まっていたのが嘘のような喧騒の始まり。 全てが無干渉な他人になった都市でも、他人の存在をひしひしと感じる瞬間だ。生きていることを実感し、新たな一日を始める。

          心のうち④

          あなたは別れを告げた時、「これからも友達でいてね。仲良くしてね。前までの関係に戻るだけだから」と言いました。 別れを告げる側がそれを言うことは多いと思いますが、エゴなんでしょうね。恋人としてやってきた今までの関係はもう辞めるけど、人として繋がりを失うのは惜しいから。 別れてすぐなんてまだ好きなままだから、友達でもなんでも、関わっていられるのならと受け入れてしまう。でも落ち着いて、客観的に見ると、それって、都合のいい人として扱われているだけのような気もするんだよね。 好き

          心のうち③

          四月も残すところあと一週間となりました。四月と言うには暑すぎるくらいの日々が続いておりますがいかがお過ごしでしょうか。 私があなたと出会ってから、はや三年。あなたが私の元を去ってから一年半になりましたね。あなたと出会ってから共に過ごした期間、あなたのいない生活を送ったことになります。 誕生日は誰かに祝ってもらったのでしょうか。あなたは私がいなくとも、素敵な人たちに囲まれ、大きな愛情を受けて生きていることでしょう。 「君は素敵な君のままでいてくれ」と去り際にあなたは言いま

          心のうち②

          なかなか、人生とはままならないものです。どうしようもないと分かっていることに縋ったり、知らずに手が届きそうなものを諦めたり。 そんな中でもなんとか生きてる。そういうもんなんです。全てをひっくるめて簡単にしてしまうのは好きではないけど、生きてるってすごいと思うんです。 積極的に生きたくもないけど、死ぬのが怖いから生きてる。それのどこがいけないんですか。生産性はないかもしれないけど、その人がそこにいるということで救われてる人がいると思うんです。たとえ目の前に現れなくとも、いる

          心のうち②

          心のうち①

          内面的なところも少しずつ話していきたい。 返事は特に期待せず、ただそこにある空間に投げかけるだけの言葉。宙ぶらりんのまま、もしかしたら誰にも見つけてもらえないかもしれない言葉。それでも心のうちを言葉にして放出することは自分にとって、とても大切なこと。 綺麗なだけの人間じゃないから。醜い部分を持っている自分は嫌いだけど、その醜い部分だって自分のものだから。

          徒然と①

          穏やかな春の陽気、というには少し暑いくらいの4月21日。遅咲きの桜も桜吹雪となり、タンポポの綿毛は電車が通るたびに舞い上がる。洗濯物にくっつく綿毛は少し厄介ですが、季節を感じられます。 昨年の今頃はもっと鬱屈していたような気がします。緊急事態宣言が発令される見込みですが、私たちもこの1年間で少しはこのような生活に順応できているでしょうか。 家で音楽を聴き、読書をすることで、この窮屈な生活から少しは解放される。人と会って話せないのは退屈でもありますが、今のうちに、今だからで

          自己紹介

          大阪生まれ大阪育ち。関西で大学生をやっている21歳。文学部。 小中とサッカーをしていた。高校からは軽音楽部でベースという楽器を弾く。アニメが好き。読書も好き。カメラを持って散歩する。日本酒を嗜み、日本酒に合うおつまみを探求中。美味しいものが好き。感情の振れ幅が広く、飽き性なところもある。 興味を持つ分野は様々で、雑食的に知識を持ちたい。文化的に豊かな生活をしていたい。

          はじめまして。

          たいして中身のないことを書いていく予定です。 そのとき思ったこととか、感じたこととか。

          はじめまして。