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少しくらい鈍感の方が自分の人生に集中できる

色んなことに気づくことも大事だけど、鈍感力も前に進んでいくには必要だと思う。ここでいう鈍感力というのは、「他人の言動を気にしすぎない」こと。生きている中で誰しもストレスになるのは人間関係だと思う。私達は日々、仕事、私生活、学校生活、あらゆるところで人とつながっているからこそ、人間関係によるストレスは少なからず受けている。

「今の自分の発言は、マイナスに受け止められていないかな〜」
「あの人の言動は自分に対する嫌悪感かな〜」

人に嫌われるよりも好かれる方が嬉しい。上記に書いた気持ちは極端かもしれないが、毎日他者といい関係を作ろうとすればするほど、些細な言動を振り返り気にする癖がついている。振り返ることは良いのかもしれないが、考えても仕方ない細かいことは考えないほうがいいのだと思う。

仕事をしていても、「他者の役に立ちたい」がために、チームメンバーの言動がきになることがある。それは、他者の言動によって自分の価値を推し量ろうとしているからかもしれない。

冒頭で書いた鈍感力というのは、過度に他者の言動を気にしすぎないこと。もっと言えば、ネガティブな捉え方になるところを、ポジティブに捉える力。または全く気にしない力のこと。あまりにも鈍感力が高すぎると嫌われることもあるかもしれないが、それくらい図太く過ごしてもいいのではないか。

なぜなら、私達の人生は他者を気にすることで自分の行動が制限されてしまうから。何かを始める前に他の人の目を気にしてできなくなる。誰かにマイナスに思われたくない、迷惑をかけたくないから挑戦すらしない。いつしか他者の人生を生きている自分に気づく。

ここで大事なのは、他者の言動を自分の推測であれこれ考える時間をなくすこと。気になるのであれば「事実を確認」するだけでいいはずなのだ。本人に聞く。関係者に聞く。事実以外の自分の解釈や空想はなくすことに徹する。私自身を振り返ってみると事実は知り得ないのに、自分の解釈で悩んでいることが多い。結論から言えば無駄な時間だし、事実を知らないのに何も解決はできないから。

他者に迷惑かけているとか、嫌な思いをさせていることがあれば事実をしっかりと認識する努力をする。確認したところで何もなければ鈍感力を発揮し、気にしないこと。それが自分自身の人生を豊かに生きる手段になることと思うから。複雑な社会になればなるほど周りを気にすることがあるが、シンプルに自分のことに集中して生きることが大切。それが心も体も健康で健やかに過ごせることだと思う。

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