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人として生きるからこそ社会の「理不尽」は避けて通れない。だからこそ、理不尽に対処できる力が社会に出るには大切なんだ。

先日、あるネットニュースの記事を読んでいた。
その記事には「学生の頃に不良だったりオタクだと言われていた人は、挫折が少なく優秀なルートを歩んできた人よりも社会にでると上手く生きられる」といったニュアンスのことが書かれていた。

理由としては、「社会は理不尽の事が多く、不良やオタクの経験があると早い段階で理不尽になれることができ、結果的に大人になったら上手く生きていける」からだ。
決して優秀な道を歩んできた人がだめになる訳ではない。比較的早い段階で理不尽を経験しておくと、大人になったら様々な負荷に耐えやすいということだ。

個人的にもこの意見には賛同だ。
社会に出ると良いことばかりではない。仕事でも組織に属すのであれば、組織内のヒエラルキーに従うこともある。
社会にでるということは「他者と共存して生きる」ことが求められる。
そして、人と人の間の問題が沢山起こるのだ。

まず、人それぞれ価値観が違う。それは同じ家族でもだ。誰ひとりとして自分と全く同じ人間はいない。育った環境も違えば、経験してきたことも異なる。だから価値観も当然ことなる。
そうなると、「自分の意見と異なるな」「なんであの人はいつも否定的なの」等、自分の意図通りに行かないことに滞りを感じる機会が増える。学生の頃は、自分のことが中心だから価値観の相違によって問題が起こることは少なかった。それでも、友人同士の喧嘩やサークルや部活内では人間関係の問題を経験することがあるだろう。
大人になって仕事をすれば人間関係上の問題が日常茶飯事だ。

冒頭の話に戻ると、優秀で挫折経験が少なかった人は、社会に出たときに直面する人間関係上の問題に戸惑うことが多くなるのだろう。学生の頃に問題に直面することが少なかったからだ。しかし、不良やオタクと言われる一見「普通」とは異なるルートを経験した人は、学生の頃からはみ出しものとして扱われたり、大人から叱られる経験が多い。友人同士でも人間関係を築くのに苦労する経験も多い。そういった経験が社会にでて人間関係上の問題に直面したときに、慌てずに対処できることにつながる。

このnoteで伝えたかったこととしては、人として生きていく上では人間関係上の問題はなくならないこと。
そして、社会に出ても多くの問題は人間関係に集約される。
だからこそ、学生のうちから色んな人と接する機会を持ち、人とぶつかる経験も大いにしておいたほうがいい。

私も生後5ヶ月の息子がいるが、危険な目に合いそうになるとついつい手を差し伸べたくなる。
だけど、このブログに書いているように苦い経験ほど、その後の人生を豊かに生きていくには必要な経験になる。
苦難から逃げることもできるが、なるべく逃げずに経験したほうが良い。

みんながみんな不良やオタクになることは難しい。だから不良やオタクでないとしても部活のような「チーム活動」を経験し、人と人の間に起こる問題を経験しておくことが大切だと感じた。
息子にもそのような経験をして欲しいし、自分もまだまだ経験を増やしていきたいと思う。

人間は感情があるからこそ、理不尽なことも起こりやすい。
だからこそ、理不尽なことを避けるのではなく、当たり前のように受け入れ乗り越えていけるように邁進していきたい。

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