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炉の女神ヘスティア~内なる調和を保ち、静かに自分の中心にあり続ける老賢女 ギリシャ神話編④

この記事は無料マガジン「神話と物語から生きる知恵を汲む」シリーズのギリシャ神話編です。概要はギリシャ神話編①に書いてありますので、是非お読み頂ければと思います。

アルテミス、アテーナ―に続いて次の処女神はヘスティアです。オリュムポスの神々のなかでは、かなり地味な女神であり、ドラマティックなエピソードもほとんど語られていません。私自身も、「女はみんな女神」(ジーン・シノダ・ボーレン著)を読んで初めてこの女神の存在を知りました。

ヘスティアを表すものは「聖なる火を焚べる炉」であり、狩りのチュニックを身に纏い弓矢をもったアルテミスや、鎧や盾に身を包んだ勇ましいアテーナ―のような人格化されたイメージはそもそもありません。

【ヘスティアの神話】
第一世代のオリュムポスの神々の長女であり、父はクロノス、母はレアーです。とはいっても父クロノスが子どもたちを悉く呑み込んでしまい、ヘスティアも父のお腹の中にいたところ、のちに生まれた弟ゼウスの働きによって助け出されました。

ヘスティア―は一応オリュムポスの12神のひとり(神様だから一柱というべきか)とされていますが、別伝ではヘスティアではなくデュオニソスが加えられることもあります。デュオニソスは12神に選ばれなかったことをあまりにも嘆くので、哀れに思ったヘスティアが代わってあげたという話があります。優しい・・・
ヘスティアは他の神々のように戦に出ることはなく、オリュムポスの地を離れませんでした。同じ処女神でもアルテミスやアテーナーが「動」とすると、ヘスティアは「静」という印象です。

ポセイドンとアポロンはヘスティアに求婚しますが、彼女はその申し出をキッパリ断り、ゼウスに永遠の処女を守ることを誓います。ゼウスはこれを受けて、ヘスティアには結婚の贈り物の代わりに彼女を家の中心に位置づけ、捧げもののなかで最も良いものを受け取るという特権を与えたということです。

以後、ヘスティアは、温かさをもたらし人々の絆を取り結ぶ聖なる炉の火の象徴として、古代ギリシャの家庭生活の守護神として崇められました。家庭の延長に国家があるという考えから、ギリシャのどの都市国家も聖なる火を祀った共同の炉が、中心となる建物にあったそうです。
後のローマ時代では、ヘスティアは女神ウェスタとして崇拝され、聖なる火はローマのあらゆる市民をひとつの家族にするものとして崇められ、ウェスタの乙女たちが聖なる火の番をしたそうです。ちなみにオリンピックの聖火はこの流れからきています。

【ヘスティアの特性】
同じ処女神でもアルテミスやアテーナ―は外に目標を作ってそれを達成していくことで自己充足するタイプですが、ヘスティアの特性は内面に深く意識が向かうことです。内面をみつめて、起こっていることを直観的に感じとることでものごとを理解します。自分の中心に意識を置くことで外側の世界に振り回されたり執着することがありません。心静かにあるがままを受け入れ充分に満たされます。それがヘスティアの自己充足のあり方です。

【ヘスティア元型を生きる人の特徴】
周りの注意を引こうとしたり、他者からの注目や賞賛など強い反応を求めないヘスティアタイプの子ども時代は、頑固さも自己主張もないので大人にとっては素直で扱いやすい感じでしょう。放っておいても黙々とひとり遊びをし、それで満足しています。学校生活のなかでは、穏やかで静か。あまり目立たない子どもです。でも一緒にいるとなんとなく落ち着く、そんな存在かと思われます。

大人になってからも静かで控え目、孤独を楽しむ内向的な人という印象。野心は持たず、精力を欠き、競争心もなく、周囲からの認知や承認をさほど望んでいません。目立たず地味に、けれど着実に忍耐強く仕事をこなすので、周囲に安心感や落ち着きをもたらす存在でもあります。

結婚し家庭を持つと、家事をそつなくこなし、家を気持ちよく整えることに力を注ぐなど、一見古風な良妻賢母風。

外の世界で活躍し家のことに煩わされたくない外向的なタイプの夫であれば、ヘスティアの内向性とマッチし、互いにそれぞれの役割を尊重し、支え合うことで調和した関係を築いていくでしょう。

なので夫が不在がちであっても、関心が外に向いていても、それを不満に思うことはなく、自分の時間を大事に過ごし満ち足りています。そういう意味では精神的に夫に依存することなく自立しています。(このあたりが、次回以降登場する関係性志向の「傷つきやすい女神たち」と大きく異なるところです)

ヘスティアタイプの女性にとって家事をすることは、面倒くさい雑事をこなすという感覚は全くありません。むしろ自分が自分らしくいるための行為、内面の調和をもたらす、ある意味瞑想のような大切な行為です。

いわゆる外の仕事で忙しくストレスフルな日々を過ごしているときのたまの休日など、溜まっていた家事につい夢中になっているなんてことありませんか?

気になっていた窓ガラスの汚れを拭いてピカピカにしたり、棚や引き出しの中を片付けたり、シャツにピシッとアイロンがけなどしていると、いつしか余計なことを考えなくなっていたり、片付いた部屋を眺め回し、心がすっきりと整った感じがすることってありませんか? 

そんな感じがしたときは、多分あなたのなかでヘスティア元型が活性化しているのだと思います。

ヘスティアタイプは、このように自分のなかの秩序感を生活のなかで大切にしていますが、一緒に住んでいる家族(小さい子どもは別として)がそのことにまるで無頓着で、毎度平気で散らかしてしまう人だったらどうでしょうか。整える端から乱されて、感情を抑えるヘスティアタイプは、そのことに文句のひとつも言えず、いつのまにか精魂尽き果ててしまうことでしょう。

人格化されている他の女神と大きく違って、ヘスティアは炉の女神の象徴ということではっきりとしたイメージやペルソナを欠いています。つまりヘスティア元型と同一化しているということは、家の中心的存在でありながら、どこか自分を消して生きているということでもあるのです。

現代のような競争社会のなかでは「ヘスティア」を生きることは容易ではありません。ヘスティアのような内的な知恵は目に見えにくいこともあり、価値が置かれなくなっています。

でも本当は、外側の評価や目に見える成果、溢れる情報などに振り回されやすい今の世の中にこそ、ヘスティアの要素はとても大事ではないかなと個人的には思っています。

ヘスティアの良さを理解して大切にしてくれる人が周りにいなければ、その存在は尊い仕事をしているにも関わらず、顧みられず、忘れられやすく、低い評価しか得られず、自尊心を保つことが難しくなり、社会の片隅で孤立しがちです。

自分の中心を手放すことなく、その特性である内なる知恵を活かしながら、社会的にも認知されるようなペルソナ(社会的役割)を身に着け、自らの考えや気持ちを言葉にして伝えていく力を獲得し、必要な自己主張ができるようになることが、現代を生きるヘスティアのさらなる成長につながっていきます。

外側の出来事ばかり目が向いたり、周囲の人たちのことが気になって心がザワザワと落ち着かないときは、炉の女神ヘスティアをイメージしてみると、心のバランスがとれるように思います。

最後になりますが、色々な方のnoteを拝見するなかで、「静かな水は深く流れる」感じの素晴らしいヘスティアを感じることがときどきあってひそかに感動することがあります。

次回以降は、関係性志向の「傷つきやすい女神たち」に移ってまいりたいと思います。ゆっくりペースになりますが、順次アップしていこうと思います。

最後までお読み頂きありがとうございました。


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