柿内午後の短歌100首『カナンの地への手紙』

私の享年だけが才能の証明になるなんてばかみたい

愛または断絶の物証として匣中に干からびた臍の緒

暑くって嫌になりそう半分は君とも言える水を飲み干す

私のじゃない髪の毛が床にいるこの子に虫を食べてもらおう

これ以上大きくなれば殺せない無垢の夏蜘蛛潰して捨てた

きみが地獄に堕ちることになるならわたし天国なんていらない

君が夢枕に立ったことがない 死者は当人から見ても他者

日の長い一日の暮れいつまでも会えないことを告げる夕映

青褪めた果物持ちて強姦の後完璧な鮫肌となる

白銅の脚の間を伝う汗ソドムの灰もやがては雲に

ざぶざぶと夜が窓へと打ち寄せてラフから画布に移り行く裸婦

海底の明るい消尽の季節茜さすカリフォルニアヤリイカ

新しい浴室汚さないように肢体を洗う卑屈なかたち

蝶の交接みたいに二人ぼそぼそと歩く有り余る夜だね

生えたばかりの翅の音がうるさくて死にたくなっている成虫期

アパートの鍵を隣に挿したなら知らない人の部屋に住めそう

灼光に炙り出された千の目が前を見ているお前を見てる

保食神の眉から出づる究極完全態・グレート・モス

出鱈目に星間線を繋いでる頑固な汚れにファズがあるから

料理する間もギター持ってるのやめなよジミヘンになっちゃうよ

僕だけを見てて星降る夜だって眠りにつくまで手を握ってて

よく晴れた青い空 色白の僕トリコロールの赤だけがない

第七の天使喇叭を吹き鳴らし轟くプレステの起動音

公序良俗に反する行為の一例:ヤマザキ春の血祭り

起こるはずだった未来が過去形になる日あなたを拐えなかった

定職がなくなっちゃっても大丈夫だってわたしは金歯あるから

吐き出せば容易く消えてゆく紫煙吐けども澱み続ける私怨

くろぐろと煤けた肺が吐く言葉まるで陳列された挽き肉

底冷えの夜の舗道に素足つけ朽ちた裸体の星座をなぞる

強いられぬ軟禁の果て外に出ず夏バテしてる瓶詰めの姉

強風で手足のズレた液晶の姉 さめざめと風呂場で泳ぐ

飛行機が零した手紙届くまで姉は眠らず痩せてゆく惑星

炉を囲み切り分け塩をまぶし焼く食肉にしか見えぬ人体

髪を切ることを嫌がる姉はまた怖い絵本を水鳥に読む

優しさを生む加虐心切りたての爪が古墳のかたちに見える

流氷の天使の捕食でも見てて崩れるわたしをどうか見ないで

眠前の錠剤を飲み待ち望む無脊椎動物の見る夢

家の鍵首から下げたままだからまだまだ終わらないお留守番

「屋上に飛び降りそうな人がいる」「違うよ燐が燃えてるだけよ」

真鍮の森仄暗く青褪めて星の匂いの滲む腐刻画

赤錆びた樹木がすべて大鷲になる日わたしは両目を潰す

冥府から冬を齎す柘榴の実遠ざけ給えホサナ!ホザンナ!

真緑の影の呼び声たちこめて耳のかたちが疑問符に似る

呪われた無花果の木に身を寄せて「知りたくなかった」なんて言わない

ぱらいそは昏い夏をも呑み込んで傾ぐ鶏頭 腸の蠕動

沈黙の豊饒な意味キリストの笞刑に耐えるいと薄き皮膚

飛翔するエクリチュールと宙吊りの主体が降らす垢 赤い雨

暗鬱な雲を投げ出す天地に赤みを帯びた家畜の黙思

腫れ上がる栄養のない胴体に巣食う空洞 がさがさである

新しく彫刻的な潔白の水を集めよシオンの娘

語の意味が錨の重さを失った鉄の時代に背骨が曲がる

未明に始まる影絵劇のようにあらかじめ定められた破綻

疲れたる肉の屈従ありふれて眠りのほかに望むものなし

この暗き建築の中額づくは奇蹟を信ずる魂ばかり

深緑の培養液に浸された少女の脳が悪夢を見てる

言いつけの通りに笑顔作る時頬の窪みが月面に似る

雲ばかりのどかな朝礼終わらずひとりまたひとりずつ消えゆく

壊れたる筋の痛みに安らぎて加害の性を持ちし哀しみ

いつか滅びる口唇をそよがせて痩せた樹木を慄す唄を

黄疸が事件となりし日は遠くやがてこの身を離る髄液

不用意な午睡の夢が連れてきたシャワー浴びても落ちない穢れ

人波に逆らい海を目指しゆく排泄物の上に建つ街

蟲色の雲が自殺を図るとき雨の顔した人々がいる

ベト・シェバが蛇の眠りを屠るまで暗い時間がゆるされている

しだり尾の長き彗星燃え尽きて季節外れに凍える悩み

白昼の窓の掻き傷 モナ•リザの黒子を探すための習作

非在の夏に囚われた泣き虫を君という名で呼んであげよう

初夏の青々とした手紙からわかるあなたが書けない漢字

転々と生きる僕たち点々と絶える僕たちてんでばらばら

蝋よりも柔く溶け出す土壁の街 洪水の聖水曜日

重い季節に耐えかねた落葉樹仰ぎ見る可燃性の身体

死んだ音楽家の墓碑に何一つ文字を刻むな耳を澄ませろ

やさしさを噛み切る雨を見上げれば顔の産毛も歯茎も濡れる

悪い雲 泳ぎ疲れた日の眠り 影もかたちもない真っ黒だ

殺された嬰児が知らぬ語をすべて忘れることにしたベツレヘム

サロメに首を刎ねられた胴体が蜥蜴のようにぴくついている

殺人のための音楽流れ出すキ…キ…キ…キ…マ…マ…マ…

喰い合う蛇の煩悶や轟きが声となる喉奥の暗闇

風船を捨て軽くなる 何もしてないのに壊れてゆく世界よ

何度起きても夕暮れの旧校舎「そのままでいて」「そのままでいて」

いつまでも護岸工事をする河もかつて死人が口にした水

脱ぎ捨てた衣服の頽れたかたち脱皮するたび縮まるからだ

暮れ泥む窓辺でふと黒鴉の声で叫べば喉は血の色

必敗の思想を首にぶら下げた人の死相を塗り潰す雨

天泣に滲む蒼穹しとしとと救いの糸はちぎれては落つ

七夕の星に願いを今すぐに春を殺した雨季を殺して

罅割れて乾いた皮膚の彼はまだ海亀に似た目をしていない

瘡蓋が剥がれるように産まれ落ちこの世に局部を曝す百年

香り立つ冥府の名残り鳩尾で実を結びかつ枯れる楢の木

痩身のきみの背骨を駆け下りる 百足の歩く音が聞こえる

冷えた指揃えて眠り込むきみは白亜紀の羊歯植物みたい

脳髄が青く脳髄が青くてこれからずっと水槽の中

山葡萄暗くきびしく熟れながら骸は徐々に折り畳まれて

瞬きのたびにこぼれる霞草 未明の旅は零から零へ

大洪水に運ばれた市街地で羊の死骸が涎を垂らす

ル・ピュイの聖母に捧ぐ言の葉の葉脈に似た地図を見ている

盗むほど華やぐ部屋の片隅でsuck my dick!しか言わない鸚鵡

湿疹のような人々 失神のような人々/しんしんと降る

摩天楼から溢れ出す銀の匙その表情がひさんしている

約束を守れず折れた第五指のように俯く片喰の群れ

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