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花火と観覧車

 花火は嫌いだ。花火に限らず、夏のイベントには、なるべく関わりたくない。理由は私の二大ストレス源、「暑さ」と「人混み」でヘトヘトになってしまうから。
 数える程とは言え、男性から花火見物に誘われたこともある。が、全て即行で断った。55にもなって独り身なのは、それが原因かも知れない。


 こんな私が今日、花火を見に来たのは、80に近い母への、せめてもの親孝行だ。 
 家から車で30分ほどの場所に、大きなレジャー施設ができた。そこで花火大会が催され、遊具や乗り物も夜間運行をするという。

「観覧車も動いてるの? ふぅん……」
 一瞬、遠い目をした母が、観覧車に乗って花火を観てみたい、と言い出したのだ。年齢の割に持病もなく元気な母だが、普段、近所の買い物ぐらいにしか外出しない人だから、驚いた。
 孫の顔も見せてやれない不肖の娘としては、何とかしてあげたいと頑張ったわけだ。

 ネットで情報を集めて、少しでも空いている日時を割り出した。プレミアムチケットを購入したおかで優待列に並べたが、それでも30分待ち。待っている途中で花火の打ち上げが始まり、以後は退屈せずに済んだのが、せめてもの慰めだった。

「大丈夫? 疲れたでしょ」
 やっとのことで観覧車の座席に向かい合って座り、そう尋ねると、母は穏やかに微笑んだ。
「ううん。……ありがとうね」
 いやだ、水くさい、と言いかけ、胸が詰まる。花火見物のため観覧車の中は明かりが消されていて、辺りの照明や、花火の光が差し込んでくる。斑らに照らされた母の顔は、私が思っていたより、いつの間にか、ずっとずっと老けていた。


 ゴトンゴトンと音を立て、観覧車が回り出した。次第に上昇していく窓の外に、大輪の花火が次々と展開する。かなり間近に見えて、なかなかの迫力だ。

 花火を見つめたまま、母が低く呟いた。
「あなたのお父さんとも、一緒に花火を見たことがあったわ。まだ、何にも知らない娘だった頃」
 私の父は、私が生まれる前に事故で亡くなったらしいが、何故か母は父の話をほとんど聞かせてくれなかった。
「結婚して初めてわかったの。お酒を飲むと人が変わったみたいに暴れて……このままじゃ殺されると思って、こっちが殺してやった。観覧車から突き落としてね」

 ドーン!!

 それまで気にならなかった花火の音が、急に大きく耳に響き、私は思わず首をすくめた。

「本気にした? いやねぇ、ただの冗談よ」
 母の笑顔が、花火の赤い光に染まっていた。

- fin -

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