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 ユニコーンは待っていた。
 深く暗い海の底で、遠い潮騒と、己の鼓動の音を聴きながら。
 永遠とも思える時の中を漂い、ただ一心に待ち続けていた。

-*-*-*-

 美咲がそのスノードームを買ってもらったのは、小学2年生の夏休みに、両親と3人で水族館に出かけた時だった。家族揃った楽しい思い出は、それが最後だったから、よく覚えている。

 お土産の売り場には、アザラシやペンギンのぬいぐるみと一緒に、スノードームがいくつか並んでいた。水で満たされた透明なドームに、海の一部を切り取ったような青い景色が閉じ込められている。ミニチュアの魚やイルカが入っているものが多い中、オレンジ色のヒトデが一つ張りついた、岩だけに見えるドームが、美咲の目を引いた。

「わぁ……きれい」
 手に取って揺らすと、白い小さな羽根がたくさん舞い上がり、キラキラと輝きながら沈んでいく。

-*-*-*-

 月日は流れるように過ぎて行った。
 気がつくと美咲は、娘らしい柔らかな曲線を描く肢体をダイビングスーツに包み、水中に浮かんでいた。

「やぁ、やっと来たね」
 振り向くと不思議な生き物がいた。額から角を生やした真珠色の馬、でも人魚のように下半身は魚だった。
「おかしいわ、ユニコーンは空飛ぶ馬でしょう? 海の中にいるなんて」
「私は変わり者だからね。空の青とはまた違う、紺碧の海の上を飛んでいるうちに、その色に染まってみたくなったんだ。美しい海の生き物達の世界を、眺めているのは楽しかった。だけど、いたずら者の魔女が私の羽根を盗んで魔法をかけ、私は空へ帰れなくなってしまった。美咲、魔女が隠した私の羽根は、君が持っている。どうか私のところへ持って来てほしい……」

 美咲は目を開けた。見慣れた自分の部屋――中学に入ってから学校に行けなくなり、3年間ずっと引きこもっていた部屋だ。昼だというのにカーテンを閉め切っているため薄暗い。ベッドの上に起き上がると、スノードームが飾ってある本棚のガラス戸に、自分の顔が映った。16歳の少女の顔。でもさっき見た夢の中では、自分は大人の女性だった。

 両親が不仲になり、父親が出て行ってしまってから、心の底に暗い穴みたいなものができ、何もかもがそこに吸い込まれてしまった気がした。自分はからっぽだと思っていた。でも今は……。
 美咲は扉を開け、台所にいた母に言った。
「お母さん。私、ダイビングを習いたい」


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 ユニコーンは待っていた。
 もうすぐだ。もうすぐ、あの懐かしい空に再び舞い上がる。
 そして私は、二つの世界を自由に行き来する者になるのだ。


- fin -

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