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小説「恋愛ヘッドハンター」⑩終

れいかはカフェを出ると、表情を硬くしてスタスタと歩いた。曲がり角を一つ越えてしばらくすると、表情を緩め始めた。うまくいった。そう思うと自然に口角が上がる。足取りも軽くなったところでふいに肩を叩かれた。
「お疲れ様」
 智也だった。
「何?ついてきてたの?」
「あれ、少し離れたところでアップルパイと紅茶でお茶の時間してたの気づいてなかった?」
「うわ、ずる。自分だけ~」
「ちゃんと、れいか様のぶんも買ってますよ」
 智也は紙袋を持ち上げた。
「許してやろう」
 二人は並んで歩き出した。
「それで、うまくいったの?」
「うん。とりあえず、クライアントに会ってもらえた」
「そう。じゃ、とりあえず、一時金はもらえるね」
 クライアントとターゲットを会わせると基本報酬の半額を振り込んでもらう契約になっていた。報酬は相手によって変わる。
「そうね。あとはおつきあいが始まるまでフォローしなきゃね」
「うまくいくといいね」
 駅が見えてきた。どちらともなく二人は指先を絡め合い、手をつないだ。
「うん。おつきあいさえ始まれば、こちらの役目は終わり」
「その後、DVしようが騙し騙されようが、こっちは知ったこっちゃない」
 二人は顔を見合わせた。
「そういうこと。ねえ、今日の夕ご飯、智也が作って。私、何だか疲れちゃった」
「いいよ。ハンバーグでも作るかな」
「わーい」
 二人は駅の階段をゆっくりと昇っていった。
 約二週間後の夜、れいかのスマホに早織から電話がかかってきた。れいかは智也の部屋にいた。ベッドで仰向けになった智也にじゃれついている最中だった。二人とも裸だった。二人ともそれぞれの部屋で寝ていたのだが、れいかが何となくしたくなってしまったのだ。避妊具とスマホを手にベッドを抜け出し、寝ている智也をわざわざ起こして事情を話し、互いの衣服を脱がせあったのだった。
「何でこの部屋にスマホ持ってきちゃったんだろ」
 ベッドの棚の上に置いていたスマホに手を伸ばす。
「誰?」
 智也が気だるく訊く。れいかはスマホの画面を見た。
「早織さんからだ」
電話に出るとすぐ、諒と付き合い始めたと報告を受けた。
「おめでとうございます」
「れいかさんのおかげよ。本当に感謝してる」
 早織の声はふわふわと浮ついていた。
「何をおっしゃいますか。早織さんがとても魅力的な女性でいらっしゃるからですよ」
「やだあ、もう。でもねえ、諒くんってちょっと束縛するタイプみたいなの。電話も一日五回くらいかかってくるし、ラインもしょっちゅう。あ、誰かから着信だ。諒くんかも。ごめんなさい」
「どうぞお幸せに。末永くこのご縁が続きますようお祈り申し上げます」
「ありがとう。じゃね、れいかさん」
「はい。失礼いたします」
 電話を切ると、れいかはため息をつき、スマホを棚に戻した。
「早織さん、おつきあい始まったって?」
 智也はれいかの髪を撫でた。
「うん。でも、中島様ってちょっとストーカー気質っぽい」
「そっか。これからが思いやられるね」
「でも、それは私たちには関係のないことだから」
「まあね。ま、ひとまず、無事案件終了ってことで。お疲れ様」
 智也はれいかの首に手を回して自分の唇に引き寄せた。お互いの唇を食み合いながら二人は横向きに体勢を変えて足を絡ませた。長いキスのあと、れいかが無邪気に微笑んだ。
「じゃあ、智也君、れいか、お仕事がんばったからご褒美ちょうだいね」
 甘えるれいかを智也は仰向けにさせた。
「赤ちゃんは要らないよ。気持ちいいのだけ、ちょうだい」
「わかってる」
 智也はれいかの鎖骨に唇を滑らせた。


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