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小説「恋愛ヘッドハンター」⑦

起業して一年が経ち、二人とも仕事に慣れてきた。カップル成立をいくつか出し、口コミがさらに広がって依頼件数が増えたのだった。今回、れいかが担当するクライアントは既存の顧客である裕福なシングルマザー八神ゆりこの娘・早織からの依頼だった。小学生の頃、スイミングスクールで一緒だった「中島諒」君と付き合いたいとのことだった。二人とも中学進学を機にスイミングスクールをやめている。ただ、そのスイミングスクールは一般の客も受け入れており、二人とも時間のある時に今でも利用しているのだった。
 早織が高校一年生の中島諒を見たのは今年の夏だった。とびきり顔が小さくて手足の長い男の子がいると思ってよく見ると、小学生のクラスで一緒だった中島諒であることに気づいたのだった。
小学生の早織は水泳を覚えるのが遅くてなかなか進級ができなかった。同級生が進級しても、早織は下のクラスでくすぶっていた。そんなところに三歳年下の諒が入ってきたのだった。器用な諒はすぐに上達するので、遅れている子の面倒をよく見ていた。早織もその一人だった。諒の指導もあって、それからはゆっくりとだが進級できるようになっていった。いわば、諒は早織の恩人なのだ。
 その恩人が成長してたくましくなっている姿を見て、早織の胸はドキドキしてしまった。恋多き母・ゆりこが早織の異変に気づき、母娘でれいかに依頼をしてきたのである。
「ついでに私も彼氏変えたいのよね」
 ゆりこはれいかにウインクした。
「お母さまのほうはあとでいいですか」
 れいかは苦笑いで対応した。ゆりこは肌が白く肉感的な体つきをしていた。全身から色気が出ているタイプだ。もちろんもてるのだが、好きな相手には振り返ってもらえないそうで、れいかによく相談をしてきていた。れいかが尽力してカップル成立までたどりついてもすぐに別れてしまう。惚れっぽくて飽きっぽい。見た目も恋愛も華やかな人だった。そんなゆりこの娘からの依頼なのでどんな内容なのだろうと思っていたら、何とも純粋な恋であったのでれいかは拍子抜けしたのだった。
 れいかは依頼を受けた時のことを思い出し、ベッドの中でほくそ笑んだ。
「もう寝た?」
 れいかのもとに、風呂上がりの智也がやってきた。
「ううん。どうしたの?」
「一緒に寝ていい?」
 智也は少し不安そうな顔をしていた。れいかが掛けふとんを開くと智也がそっと入ってきた。れいかは照明のリモコンを手に取り、消灯した。暗やみのなか、智也の背中にそっと腕をまわし、「よしよし」と何度も撫でる。
「明後日会う男の名前なんて言うんだっけ」
 智也は目を閉じたままつぶやいた。
「中島さん」
「中島さんのこと、好きにならないでね」
 智也の言葉にれいかは苦笑した。
「ならないよ」
 れいかは、撫でていた手を止め、智也の体を引き寄せた。
「私が好きなのは智也だけよ」
「どんな顔で言ってんだか」
「教えない」
 れいかは智也の身体から逃れ、寝返りを打った。

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